15.テレビ

 今日も出社だと歯を磨いていると、一颯いぶきが声を上げた。


「おとうさーん! おとうさんの好きなせんしゅ、テレビでてるー!」

「ん? 本当か? 誰だ?」


 俺が骨髄を提供してから、五年と四ヶ月。息子は四歳半になっている。

 一颯に言われて口をゆすぐと、居間のテレビに急いだ。


「お、島田選手だ!」


 俺はリモコンを手に取ると、音量を大きくする。一颯の言った通り、俺の好きな選手がテレビに出てインタビューに答えていた。

 島田選手はJリーガーで、一年前からアンゼルード全陸に所属している。

 あの日から高校サッカーを中心に見ていた俺は、彼を高校生の頃から知っているのでファン歴は結構長い。

 讃明高校や翔律高校、白咲学園や猪熊工業等の全国出場常連校の選手なんかは結構覚えていて、毎年見るのが楽しみだ。


 島田選手が高校三年の時の試合は特によかった。因縁の讃明高校との決勝で、翔律高校がもぎ取った優勝。

 あの時には体が震えたっけ。

 島田選手の名前は颯斗はやとで、息子の一颯いぶきと同じ漢字を使っていることもあり、俺のひいき選手の一人だ。

 その島田選手がいつもと違う環境でインタビューに答えている。テレビ局が用意したであろうスタジオらしき場所で。島田選手は、とても真面目な顔で。

 テレビの右上の方には、〝白血病を乗り越えた今、伝えたい〟と見出しがついていた。


 白血病……

 島田選手は白血病だったのか。


 高校サッカーの試合を見ていた時、アナウンサーが言っていた。島田選手は一時期、病気でサッカーをやれなくなった期間があったと。

 なんの病気かは言っていなかったし、まさかという思いもあったが……。


 この番組はサッカーの特集ではなく、白血病の特集として組まれたもののようだった。

 島田選手が当時の闘病の様子を語っている。


 苦しかったことを。動けなくなったことを。

 同じ白血病仲間が亡くなって、絶望しかけたことを。


 そんな時、色んな人達に助けられたと語った後、二通の手紙が取り出された。

 まさか……まさか、だよな?

 封筒は真っ白で、なんの特徴もない。どこにでもあるものだ。俺が出したものだとは言えない。

 島田選手はその封筒をジッと見つめながら再び話し始める。


「俺は、本当にたくさんの人に支えられてきました。名前を上げればきりがないくらい、大勢の人に応援してもらって。特に、いただいたこの二通の手紙は宝物です」

「それは、どなたからのお手紙ですか?」

「俺に骨髄液をくれた、ドナーさんからです」


 ドクドクと胸が鳴る。まさかという思いと、もしかしたらという期待。それが入り混じる。


「実は、最初に決まっていた提供者ドナーさんが、なんらかの事情で提供できなくなってしまったんです。でも移植日まで時間がない中、この手紙をくれた提供者ドナーさんが了承してくれて、骨髄液をくれました」


 俺は五年前のことを思い返す。

 そうだ、一度は他の人にドナーが決まって、コーディネートは終了したんだ。だけどそのドナーが事故かなんかで、急遽俺の方に連絡が来て、それで提供することになったんだっけ。

 俺がドキドキするのもお構いなしに、彼は続ける。


「手紙には、〝僕が君の一番のサポーターだ〟と書いてくれていました」


 その言葉にドンッと衝撃を受ける。

 俺だ。そう書いた覚えがある。

 俺が少年の、一番のサポーターだと。


 島田選手が、俺の患者レシピエントだ!!


 テレビの中で、嬉しそうに笑う島田選手。

 マジか……あの、熱い手紙をくれた少年が、今テレビの中で元気に笑っている。


 映像はインタビューに答える声をバックグラウンドに、島田選手の高校の頃の、全国大会の試合がダイジェストで流され始めた。


 高校一年のベストエイトの試合、高校二年の準優勝の試合、そして高校三年の全国制覇の試合。

 テロップには、〝仲間達と夢を叶えた瞬間〟と書かれてある。


 映像はアンゼルード全陸へプロ入りが内定した時の合同記者会見へ。

 そしてJリーグでプレイするダイジェストへと。


 全部見た。全部知ってるよ、俺は。

 必死になって、島田選手を応援してきた。


 テレビ画像は直近の試合でゴールを決めて、島田選手の吠え猛る姿で静止された。そして画面の半分が切り替えられて、インタビューに答える彼が映し出される。


「俺がこうして元気になってサッカー選手になれたのは、骨髄を提供してくれたドナーさんのおかげです」


 テレビの中の島田選手は本当に嬉しそうにそう言って、画面が切り替えられる。

 いつものニュースキャスターの男女がコメンテーターと話しているが、頭に入ってこない。


 島田選手の言った、言葉と笑顔が脳裏に焼きつく。


 サッカー選手になれたのは、骨髄を提供してくれたドナーさんのおかげ──


 いや、それは紛れもなく君自身が努力したからだよ。

 でも、俺も少しは力になれていたなら、すごく嬉しい。

 俺の顔からは自然と笑みが溢れ、ようやくアナウンサーの声が耳に入ってくる。


「明日の夜七時から伊利ファレンテイン対アンゼルード全陸の試合が、あさぎのサッカースタジアムで行われます」


 明日の水曜のナイター試合は、ビールを飲みながら家でテレビ観戦するつもりだった。

 でも、あさぎのスタジアムはそう遠い距離じゃない。

 行ける、行きたい!


「晃? そろそろ出ないと遅刻するわよ?」


 台所にいた美乃梨が声を上げた。

 俺は鞄を持つと急いで玄関に行き、靴を履きながら喋る。


「美乃梨、明日の夜はサッカーを観に行くぞ!」

「え?」

「コンビニ行って、チケット買ってくる!!」

「え、え? い、いってらっしゃい……」


 困惑している美乃梨を置いて、俺はコンビニに駆け出した。

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