05.最終同意

 ようやく許可がおりて、美乃梨の気が変わらないうちに坂下さんに電話する。

 できれば最終同意も早目にしてほしいとお願いすると、骨髄採取予定の病院の医師と連絡を取って調整してくれた。


 そして今日、十月十五日に最終同意だ。

 俺と美乃梨、坂下さんに医師、それに第三の証人として弁護士が呼ばれている。

 美乃梨は最後にごねるんじゃないかとドキドキしてたけど、もう覚悟を決めたのかすんなりと同意書にサインをしてくれた。

 それを確認した上で医師が説明してくれる。


「最終同意後の撤回はできません。レシピエントはこれから前処置と呼ばれる、致死量を超える抗がん剤の投与と放射線照射が行われます」


 致死量を超えるという言葉を聞いて、ゾッとする。普通に考えると、死ぬってことだ。

 最初の面談で説明を受けているから、頭ではわかってる。すべての悪いものを破壊してから、俺の骨髄液を入れることで、良くなっていくんだってことは。


「移植が終わるまでは造血機能を失うので、もしドナーになにかあって移植ができなくなると、レシピエントの生命に関わるんです」


 患者レシピエントの、生命。

 もし俺が当日に事故したり怪我をしたり風邪を引いただけでも、提供者ドナーの命が最優先だからと移植は取りやめになってしまう。

 そうなったら、患者レシピエントは……。

 ゾッとして俺は首を左右に振った。


「もしも怪我をしたり風邪を引いたりした場合は、すぐに私にご連絡くださいね。前処置の前なら、日程をずらすことも可能かもしれませんから」


 坂下さんが柔らかく言ってくれるので少しホッとする。怪我と風邪には注意しよう。

 どうしようもない不慮の事故というのはあるんだろうけど、せめて自分の不注意で起こる怪我はないようにしないと。


 その後も色々と注意を受けた。

 入院の二週間前からは激しい運動をしないこと。

 喫煙、飲酒は控えること。

 海外渡航はしないこと。

 十二月に移植の予定なので、インフルエンザの予防接種を任意だが受けてほしいとも言われた。坂下さんが費用の半額を助成できると言ってくれたけど、いつも会社がやってくれるので辞退する。

 それと、コーディネートが始まってから、終了するまでは献血をしてはいけないらしい。そういえば、二十歳の時に献血をしてから一度もしたことがなかったな。提供が終わったら、また献血をしに行こう。

 女性は妊娠しないようにとか、ネイルアートをしないようにとかもあるみたいだけど、まぁ俺には関係のない話だ。


「それと、採取前健康診断というのがありまして、最終的な健康チェックを徹底的に行います」

「まだあるんですね。もしそれに引っかかったらどうなるんですか?」

「再検査をして、それでも駄目なら提供はできませんので、コーディネート終了となります」

「え? 最終同意後でもですか?」

「はい」


 それなら最終同意前に健康診断をすればいいと思うんだが……。金銭的な問題かな?

 提供者ドナーに掛かる検査や入院等の費用は、全部患者レシピエント側が払うことになっている。候補者が多ければ多いほど、検査が多ければ多いほど、患者レシピエントの金銭面での負担は増える。

 一体いくら掛かってるのか俺にはわからないが、その健康診断をパスしないとまた探し直しで検査費用が嵩む事だろう。

 割と健康には自信があるから、大丈夫だとは思うが……不安だ。ここまできたら、絶対に提供者ドナーになりたいって気持ちもある。


「それをパスすれば、今度は自己血採血という流れになります。四百ミリリットルを二日に分けて採血することになります」


 四百ミリリットルを二回って事は、八百ミリリットルって事か。

 骨髄液を一気に取ると貧血になるため、自己輸血用の採血を事前にするんだ。

 つまり、採る血の量イコール、骨髄液を採る量ってことだよな。

 患者レシピエントが成人男性だと一リットルくらい採られるみたいだから、女性か、小柄な男性かな?


「すみません、レシピエントが女性か男性かくらいは教えてくれるんですよね?」


 その問いには、坂下さんが答えてくれる。


「はい、最終同意が終わりましたので、希望されればレシピエントの簡単なプロフィールは教えられますよ」

「希望します!」


 即答すると、坂下さんは優しく微笑んで教えてくれた。


「レシピエントは形岡県に在住の、十代の男の子です」


 十代の、男の子。

 プロフィールと言っても、個人が特定されないようにザックリとしか教えてもらえなかった。

 十代というと、十歳から十九歳まで。十歳にしては採る量が多いし、十九歳にしては少ない。

 中学生か高校生ってところかな。最近の小学生は発育がいいから、もしかしたら小学生かもしれないが。

 今までどこの誰にあげるかわからなかった骨髄液に、明確な行き先を教えてもらえた気がした。

 結局会えるわけでもないんだが、それでも十代の未来ある少年の命を救えるかもしれないと思うと、それだけで誇らしい気持ちになれる。

 待ってろ。絶対に採取まで辿り着いて、提供するからな。


 すべての説明が終わると、俺は美乃梨と一緒に病院を出た。

 美乃梨も患者レシピエントの情報をもらったからか、親近感のようなものを抱いたようだった。


「その子が、晃と同じDNAを持つことになるのかと思うと、なんだか不思議ね。元気になってほしいって思っちゃった」

「そうだろ?」

「ちゃんと提供、できるといいわね」


 美乃梨のあまりの変わりように、俺は微笑みながら頷く。

 パートナーに理解してもらえるって、やっぱり嬉しいな。

 俺は手を伸ばし、久々に美乃梨の手を取る。少し驚いたような顔をした美乃梨がニッコリと笑って、俺たちはそのまま手を繋いで帰った。

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