08.骨髄採取日
翌朝、坂下さんが来てくれた時に
封筒を開けられて内容をもう一度確認される。個人を特定する記述がないとわかった坂下さんは、ニッコリと笑顔になった。
「ではこれは、あちらの移植コーディネーターに責任を持って渡しておきます」
「よろしくお願いします!」
今日はこれからいよいよ全身麻酔をしての骨髄採取だ。
夜の零時から絶飲食だから、お腹の減りは我慢できるが喉が渇いて仕方ない。まぁそれも少しの間の辛抱だ。
初めての麻酔体験、美乃梨はめちゃくちゃ心配してるけど、俺はちょっと楽しみだな。
「晃……気をつけてね」
「俺は気をつけようがないけどな」
不安そうな美乃梨を見ていると、直前になってやっぱりヤメテとか言うんじゃないかとこっちの方が不安になる。
さすがに事の重大さをわかっているから、それは言わないはずだが。
俺と美乃梨と坂下さん、三人で病室にいると、看護師さんが入ってきた。
「進藤さん、術着に着替えてくれてますね。そろそろ手術室に向かいましょうか」
そう言いながら看護師さんは部屋にあったベッドのロックを外した。
「ベッドに乗っていかれます?」
「え?! いえ、歩いていけます」
病人なら乗せていってもらうんだろうけど、俺は健康体だからな。ベッドを押す看護師さんの後ろに、俺たちはぞろぞろと着いて歩く。帰りは麻酔が効いているから、このベッドに乗せられて病室に戻ることになるんだろう。
手術室前に行くと、看護師さんがインターホンのようなものでなにかやりとりをしている。すると目の前の扉が開いて、みんなで中に入った。
中は広くて明るくて、ベッドが何台も置いてある。連れてきてくれた看護師さんは、ベッドを置いて固定していた。
「うわぁ、なんか雰囲気が全然違うね……」
美乃梨がキョロキョロと見回しながら言う。
今いる部屋の向こう側が全面ガラス張りで、あちこちに行き交う人の姿が見えた。医師も看護師も、ここでは白ではなく、緑色の服を着ている。見るからに〝手術をする人〟と言った格好だ。
看護師さんはまたインターホンのようなものでやり取りをし、少しすると緑色の服を着た執刀医が現れる。
名前と生年月日を聞かれて答えると、俺たちを安心させるように微笑んでくれた。マスクをしていたから口元はわからないけど、目を見ていればわかる。
「それでは、行きましょうか」
執刀医が看護師さんを連れて歩き始める。俺は美乃梨と坂下さんを置いて、ガラス張りの奥へと歩いた。
振り返ると、美乃梨は不安そうな顔で手を振っている。口元は多分、『頑張って』だな。うん、先生には頑張ってもらおう。
長くて広い廊下を進んでいく。手術室はいくつもあるようで、〝手術中〟と点灯している部屋がいくつもあった。
「ここです」
そのうちの手術室のひとつに足を踏み入れる。中は準備室的なところで、先生だけがさっさと中に入ってしまった。
俺は看護師さんに言われて、使い捨てのキャップを被った。そして看護師さんは足元の壁にある穴に足を入れる。すると自動ドアが開き、俺は中へと進んだ。
「うわ……本当に手術室だ」
俺が思わず声を上げると、看護師さんがフフと笑っている。
「緊張しなくて大丈夫ですからね」
その柔らかい声はすごく安心できる。俺は緊張というより、興奮に近かったけど。
すごく広い手術室に、大きなライト。手術台が真ん中にドンと置かれていて、興奮するなと言う方がちょっと無理だ。
俺は促されるまま手術台に横になる。血圧を測る機械をつけられたり、酸素飽和度を測るサチュレーションをつけられたり、点滴のルートを取られたりと、着々と手術の準備がなされていく。
うわ、やっぱり緊張してきた。しかもその緊張が、心拍の高さとなって数値に出てくる。つまり、緊張しているのがみんなにバレバレってことだな。ちょっと恥ずかしい。
尿管を入れると聞いていたが、麻酔をしてからみたいだ。よかった、やっぱり意識のあるうちにされると恥ずかしいからな。
大きい方は、朝に浣腸を入れられて全部出してある。全身麻酔をするとなると、色々大変なんだなぁ。
「進藤さん、では今から麻酔を入れていきますからね。眠くなりますよ」
「はい」
医師の声に、ドキドキともワクワクともつかぬ心臓の鼓動が鳴り響く。
でも、全然眠くなんてならないな。本当に麻酔なんて効くのか? 目もバッチリ開いているままだ。
もしかして、目を瞑ってた方がいいんだろうか。気を失うみたいに眠るんなら、このままだったら目を開けたまま眠ってしまうんじゃないか?
そう思って目を瞑った瞬間から、俺の思考はいきなり閉ざされた。
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