07.レシピエントへの手紙
病室に戻ってきた俺と美乃梨は、無言で目を見合わせた。
多分、美乃梨もさっきの女性の言葉を反芻している。俺はそれプラス、無菌室にいた人たちの姿を思い返していた。
「……すごく、喜んでたわね」
「そうだな」
生死が左右される場面では当然の話だとは思う。
でも実際、無菌室を見学したり患者の家族に会ってみると、実感した。
人事じゃないって、そう思わせられる。
「晃がドナーになってくれて、よかった」
「え?」
思わぬ言葉に俺は美乃梨を見つめる。最終的には承諾してくれたものの、〝仕方なく〟という気持ちだと思っていたから。
「だって、もし私たちのどちらかが……いつかできるかもしれない私たちの子どもが骨髄の提供を必要とする体になった時、今回断っていたら後ろめたかったと思うもの」
「ああ……そうだな」
助けたくはない、でも助けてほしいだなんて都合のいい話だ。
もちろん、病気なんて誰もなりたくないからずっと元気でいるのが一番だけど、そうもいかないのが病気ってもんだからな。
俺がこの選択をしたのは間違いじゃなかったと言ってもらえたようで、強張っていた筋肉がようやくほぐされたような、そんな安心感を覚えた。
「明日、また来るわね。手術頑張りましょう」
「頑張るのは医者だけどな」
「もう、そういうこと言って」
美乃梨は呆れたように笑って、俺に軽くハグをした後「じゃあね」と帰っていった。
俺は移植を受けた人の家族に会ったこともあり、いても立ってもいられない気分になっている。
今、俺の
それは……手紙だ。
向こうから連絡が来てから返事をしようと思っていたけど、先に書こう。
今無菌室で頑張っている少年に、少しでも前向きになれる言葉を紡ぎたい。
君は一人じゃないんだと教えてあげたい。
俺は財布を持つと売店に行き、レターセットを購入して戻ってきた。
出だしはどうしようか。
十代……おそらく中学生くらいじゃないかと俺は踏んでいるが、実際はどうかわからない。
もしも十歳だったりしたら、あんまり難しい言葉や漢字は使えないよな。
色々考えた結果、俺の書いた手紙はこうなった。
『ぼくの
はじめまして。君のドナーとなった者です。
君は、たくさんの
それは、ぼくには
君は、十代の男の子だときいています。そんな若い君がここまでがんばったことを、まずはほめたたえたい。
そしてまだこれから続くであろう
それが、
君を
それを忘れないでいてくれると、とてもうれしいな。
はやく体がよくなるよう、心からおいのりしています。
君のドナーより』
相手の詳しい年齢がわからないというのは、中々難しいな。
小学校四年生くらいまでの漢字にはそのままで、難しい漢字にはとりあえず読み仮名をつけておいた。
平仮名も入り乱れていて見た目はあまりよくないが、俺の気持ちはちゃんと書けたと思う。
これをできれば、俺の骨髄液と一緒に届けてほしい。どうすればいいのかな。とりあえず坂下さんに電話を掛けて確認してみよう。
早速坂下さんに電話を掛けて、手紙を骨髄液と一緒に届けてもらえるかを聞いてみる。
『当日、レシピエント側の移植コーディネーターが骨髄液を運ぶ予定ですので、その時に手紙を一緒に運んでもらえますよ』
「本当ですか? じゃあお願いしたいです!」
『その手紙、もう書かれているなら読んでもらっても構いませんか? 個人情報に繋がることが書かれていないかの確認をしたいので。明日でもいいんですが、もし書き直しになると時間がなくなる恐れもありますし』
そう言われて、俺は仕方なく自分の手紙を読み上げた。
自分の手紙を読み上げるのって、結構恥ずかしいな。
内容は問題なかったみたいで、オーケーをもらえた。けど本当にその内容通りか、結局は当日の朝に確認をするとのことで、手紙の封はしないでくれと言われてしまった。もう一回、丁寧な字で清書しておこう。
一文字一文字、丁寧に心を込めて書き直す。
この手紙で、少しでも少年を勇気付けられたら。
俺の応援の気持ちを届けられればいいな。
最後まで書き終えると、俺はその手紙を封筒に入れた。
そして宛名に〝レシピエントの方へ〟と書き入れる。
元気になってと願いを込めて。
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