第80話 彼は復活する

■■■■


 その日は新月だった。

 月の光量が乏しい上に、川の流れもどこか緩慢で風も弱い。


 ねっとりとした闇が支配する中、ぽう、と一か所だけ人工的な光が灯っている場所があった。


楽久がく。もう少し手元照らして」

「おう」


 楽久の持つ懐中電灯が下がり、その光があらたの手元を白く濡らす。

 新は河原の石を積むと、そこに無造作に竹の枝を差し込んだ。ぐいぐい、と押し込み、倒れないようにさらに大小の石で補強する。


「よし……っ、と。おわ……っ」


 崩れかけたので慌てて石を両手で押さえる。楽久が笑ったせいで、懐中電灯の光が揺れた。

 深夜二時。河原には誰もおらず、土手にも車両の往来はない。


「さて、じゃあ始めるか」

「おう」


 新は手を払って立ち上がる。楽久は懐中電灯を新に渡すと、自分は自撮り棒の先にスマホを取りつけた。


「じゃあいくぞ」

 3、2、と続け、ふたりは声をそろえた。


「「どうもー。あらがくの今日はなにしよう、です」」


 YouTubeチャンネルのタイトルを声に出した。


 いつもなら大声を張り上げ、なんなら両手も広げてジャンプするのだが、さすがに民家も近い深夜の河原ですることは憚られた。なにより通報されたらたまらない。


「今日はね、とある河原に来てますよ」

「お前、怖いよ、それ」


 新が手持ち懐中電灯を顔の下から照らすので、楽久が笑ってツッコむ。


「そりゃあ、怖いはずです。実はね……。この河原。出るんです」

 手をだらりと下げて新が白目を剥いて見せる。


「おお、出る」

 楽久が促した。


「今はもう引退したユーチューバーから聞いた話なんですけど……。この河原で願い事をすると、男が現れて願いを叶えてくれるらしいんですよ」


「その男、いいひとだ」

「ちっちっち。甘いな、楽久。願いは叶うけど……」


「叶うけど?」

 そこで新は意味ありげに黙り込む。そのあと、にっこりと笑った。


「叶うけど、どんな目にあうのか。実際にやってみようとおもいますー」

「え。まじで? おれ、いやなんだけどぉ」


 楽久は演技がかったしぐさで身もだえる。


「わかんねえじゃん。ほら、お前が言う通りさ。ただのいいひとが願い事叶えてくれるだけかもしんないじゃん?」


 新はそんな楽久の肩をバンバンと叩いて笑う。


「えっとですね。まずは竹の枝を用意します。本日はあらかじめ用意していたこちらを使用します」


「先生、それはどれぐらいの長さですか?」


 有名な料理番組のオープニング曲を口ずさんだ後、拾い上げた竹の枝をカメラに示す新に、楽久が尋ねる。


「そうですね。自分の腕と同じぐらいの長さでしょうか。で、河原で石を積んで……。その上に差して立たせます。こんな感じですね」


 ぽい、と手に持っていた竹枝を捨て、新はさっき石を積んで支えにし、立たせた竹枝を示した。


 楽は自撮り棒からスマホを外し、手に持ちかえる。そして、新が指さす竹枝を映した。


「砂場の棒倒しみたいだな」

「なつかしー」


 ふたりしてひとしきり笑い、それから立たせた竹枝を見た。


「じゃあ、願い事を。……そうそう。呪文がありますよ。みんな覚えてね」


 せぇの、のあと、ふたりで声をそろえた。


「「ふしゃさん、ふしゃさん。どうぞお越しください」」


 そして同時に息を吸い込む。


「「トップユーチューバーになれますように」」


 手を合わせ、目を閉じて拝む新の姿を楽はスマホで撮り続ける。


 そのとき。

 背後から声が聞こえた気がした。

 いや。

 枯葉が鳴ったのだろうか。


 え、と声を漏らして楽は振り返る。



 そこには。

 白いシャツを着た男が立っていた。



「願いを告げる、覚悟はあるか?」

 にやりとその男は嗤った。


         了

 


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禁足地に吹く風 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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