第12話 完璧美少女は様子がおかしい

 長い五日間の登校日を終えて、週末が訪れる。土曜日、俺はいつものように若柳の家を訪ね、家事代行としての責務を全うしていた。


「頼まれていた部屋の掃除を終えたので、今日も夕食と作り置きのおかずを幾つか作りますね」


 今日は自室ではなく、リビングでテレビを見ながらくつろいでいる若柳に俺はそう声をかけた。


 普段は俺が訪問している間は自室にいつことが多いのだが、なぜか今日はリビングにいる若柳だが、そろそろ彼女も俺に心を開いてくれているということだろうか。


 そんな都合のいいことを考えながら、俺は台所に立って早速料理を始めた。




 ――俺が料理を開始してからしばらく経ち、今日は梅雨の雨で久しぶりに少し冷えたので、シチューでも作ろうかと考えながら食材を切り分けていた時だった。


 先ほどまで集中してテレビを見ていたはずの若柳が、時々俺の方を見てくることに気づいた。


 この家は広いリビングとキッチンがあるが、仕切りがないためどちらからでもお互いの様子がはっきりと見える。


 そのため、若柳が俺の方にちらちらと視線を向けていると、俺の方もどうしてもその視線に気づいてしまうというわけだ。


 やりづらいと思いながら若柳の方を見ると、今度は一瞬目が合って、彼女は焦った様子でさっと目を逸らした。


 俺は自分が何かしてしまったのかと思いながらも、そんな心当たりも全く思いつかないので、仕方なく料理に集中することにした。




***




「夕食ができましたが、早速食べられますか?」

「はい。やはり料理は、温かいうちに食べた方が美味しいですからね」


 若柳は白々しくそう答えているが、俺が夕食を作り終えるタイミングをバッチリわかっていたことだろう。


 何せあの後も、何かを探るような目で俺の方を見ていたからな。


 とりあえず料理の感想を聞いてから、先ほどの行動についても尋ねることにしよう。


「美味しいです。……ですが、秋月さんも一緒に食べてくれたら、もっと美味しいと思います」

「それはダメといつも言ってるじゃないですか」

「秋月さんって……ケチですね……」

「ケチって……」


 若柳が風邪をひいて俺が看病をした日以来、彼女は少しだけ俺の前で素を見せるようになっている。


 ちなみに俺も一緒に夕食を食べるよう促してくるのは毎度恒例のやり取りだが、ケチまで言われたのは初めてなので少しだけ驚いた。


 まあ完璧美少女がこんなことも言うのかということへの興味の方が優っているが。


 ……話が逸れてしまったが、そろそろ本題に移ろう。


「あの……、先ほど料理をしている時にすごく視線を感じたのですか、何かありました?」

「……ぎく」


 俺が単刀直入にそう聞くと、何やらどこかで聞き覚えのあるベタな反応が返ってきた。


 しかもその様子だと、まさかバレていないつもりだったのか。


「……き、気のせいだと、思います……」


 学校で完璧美少女と呼ばれているとは到底思えないそのたじろぎっぷりに、俺は危うく笑いが溢れそうになるのを我慢して言った。


「では聞き方を変えますが、何か俺に聞きたいことがあるのではないですか?」

「まあ、はい……」


 若柳は観念してそう答えた。それにしても聞きたいことというのは何だろうか。


「実は来週、私が通っている学校で林間学校が行われるのですが、困っていることがあるんです」


 まさか若柳から林間学校の話が出てくるとは思っていなかったので、俺は慌てて身構えた。


 若柳とはグループも同じになってしまったし、ここで変なことを喋ってボロを出すわけにはいかないからな。


 しかし、若柳の口から飛び出したのはやや拍子抜けの内容だった。


「林間学校では、お昼にグループごとでカレーを作るのですが、私は料理が苦手なのでグループのメンバーに迷惑をかけてしまわないか心配で……」

「なるほど……」

「秋月さんがよければ、私に料理を教えてくれませんか?」


 確かに、包丁もまともに扱えないと自分で言っている若柳に食材を切らせるということには不安しかないが、幸い俺は若柳と同じグループだ。


 それとなく若柳をサポートすることはできるが、それで彼女は楽しめるだろうか。


 俺は少し考えて言った。


「それはできません。お互いに得意不得意を補い合って何かを作る方が得られる達成感が大きいと俺は思いますし、若柳さんと同じグループの方も、あなたに頼って貰えたら嬉しいと思いますよ」

「なるほど……。確かにそうかもしれませんね」


 若干妹に言い聞かせるときのような内容になってしまったが、どうやら俺の言いたいことは若柳に伝わったようだ。


 決して教えるのが面倒くさいとかそういうわけではない。……そういうわけではない。


 俺はそう自分に言い聞かせつつも、妹の結菜に初めて料理を教えようとしたときのことを思い出していた。


 そう、あれは一年前。ちょうど父さんが過労で倒れたばかりの頃。料理初心者の結菜が少しでも力になりたいというので料理を教えようとしたところ……。


「……さん、秋月さん!どうかしましたか?」

「ああ、すみません。少し考え事をしてました」


 一瞬苦い記憶を思い出してトリップ仕掛けていたが、何とか若柳の声で現実に引き戻された。


 ちなみに、俺はあれ以来、料理初心者に料理を教えることはしないと心に決めた。


「林間学校では予習なしで頑張りますが、いずれ料理も教えてくれると嬉しいです、なんて……」

「あ、俺そろそろ帰らないと!それでは、お邪魔しました!」

「あ、ちょっと、秋月さん!?」


 俺は若柳の制止を振り切って、家を出た。若柳には悪いが、料理を覚えたいなら料理教室にでも通ってくれ。


 一応自分の名誉のために言っておくが、話の最中に夕食の後片付けも済ませてきたので今日も仕事は全うしたことになる。






ーーーーーーーー


 もう一度言っておきます。若柳真夜は秋月蓮斗の正体に気づいておりません。




 私情で忙しく、日を空けてしまい申し訳ないです。また、その間にもフォローや☆をいただきまして本当にありがとうございます。これからも気長に付き合っていただけたら幸いです。

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