第6話 完璧美少女は手料理が食べたい
スーパーまでの距離は徒歩五分。先ほども言った通り、本当に短い距離だ。
にも関わらず、隣を歩くのがこんな美少女ともなると、流石に人目を気にしてしまう。
側から見ればやや挙動不審に見えるかもしれない自分の姿のことはどうにか頭から遠ざけて、目的地へと歩を進めた。
「あの……、スーパーに来たのはいいですが、私は何をすればいいのでしょうか……」
店内に足を踏み入れてすぐに、若干不安そうな顔をして若柳はそう言ってきた。その姿は、まるで初めて母親の買い物についてきた幼子のようだ。
そう言えば、よく考えたら別に若柳を買い物に連れてくる必要はなかったな。費用だけ預かって、俺一人で買い物に行くべきだったか。
「申し訳ありません。家で待っていて貰えばよかったですね」
「あ、いえ、それは気にしないでください!ただ、手持ち無沙汰というのも少し居心地が悪くて……」
「そういうことでしたら、何が食べたいか教えてくれると助かります。費用はお客様持ちなので、こちらで勝手に決めるのも忍びないですから」
「それなら任せてください!」
若柳はそう言って、一人で食材を探しに行ってしまった。
なんだか今日の若柳はいつもの完璧美少女などではなく、普通の女子高生に見える。
「……あの、どうしたんですか?」
どうやら、少し考え事をしながら立ち止まっていた俺を見かねて若柳が戻ってきたようだ。
「ああ、すみません。すぐに行きます」
そう返事をして、俺は若柳の後を追った。
「……カレーライスが食べたいです」
食材を選ぶために何を食べたいか聞いたところ、
若柳は恥ずかしそうにそう答えた。
俺にはその理由はさっぱりだが。
「わかりました。それじゃあ適当に買っていきましょうか」
そうして俺たちは、カレーライスを作るための食材を買ってスーパーを後にした。
***
家に戻って、俺は早速料理を始めた。
食材が全くなかったことから、料理器具も揃っていないという可能性を考慮するのを完全に忘れていたが、その心配は杞憂に終わった。
見慣れたものから、普段から料理をしている俺でも何に使うのかわからないようなものまで多種多様な真新しい料理器具があり、俺は興味が向きそうになる気持ちを抑えながら料理に専念した。
「お待たせしました。食事ができましたよ」
一時間ほどかけて料理が完成したので、俺は自室に戻った若柳を呼んだ。
流石に今度もリビングで俺の料理が終わるまで待たせるのは悪いので、自室にいてもらうことにしたのだ。
見られているとやりづらそうだったというのもあるが。
まあそんなことは一旦置いておいて。早速若柳に食べてもらうとしよう。現在時刻は五時を過ぎた頃と、夕飯というには少々早い時間ではあるがせっかくなら作りたてを食べてほしいしな。
そう考えながら、俺がテーブルにメインのカレーライスと、小皿に野菜を少々盛って並べたところで若柳は言った。
「えーっと、秋月さんの分はないのですか?」
「え、もちろんないですけど」
「そうですか……」
なぜか少し落ち込んだような顔をしているが、今度はどうしたというのだろうか?
今日の若柳は表情がコロコロと変化して、俺はもうできるだけ気にしないようにすることにした。
「……では、いただきます」
どうやら若柳は気を取り直したようで、料理に口をつけた。
「あ、美味しい……。とても美味しくて、なんだか懐かしいような味がします」
どうやら俺の料理は、若柳の口にあったようだ。若柳が大袈裟に喜んでくれるので、俺もつい得意になって若柳を見ていると、今度は恥ずかしそうに若柳は言った。
「あ、あの……。見られていると食べづらいのですが……」
「ああ、すみません!」
そう言われてしまえば俺はその場を離れるしかなく、慌てて料理の後片付けと、少し余分に買ってきた食材で作り置きをすることにした。
***
「それでは、今日はこれで帰りますね」
時刻は六時を回り、俺の初仕事もいよいよ終わり。今から若柳の家を出るところだ。
「本当に色々とありがとうございました」
「いえいえ。仕事ですから」
お金を貰って仕事をしているとは言え、やはり感謝をされるというのは気持ちがいいものだ。
「では、次回は水曜日に来ます。それと、もしよければまた次回も料理をするので、それまでに食材を用意しておいてもらえると助かります」
「はい、わかりました。お待ちしております」
若柳の家を後にして、少し歩いたところで俺は大きく伸びをした。
まさか、依頼主が学年一の人気者で完璧美少女の若柳真夜だとわかった時はどうなることかと思ったが、どうにか俺の初仕事は無事に終えることができたようだ。
……ただ、一つだけ不安要素を挙げるとすれば、多分まだ若柳は俺が同級生の秋月蓮斗だと気づいておらず、それがバレた時どうなるか……。
そのうちタイミングを見計らって……。いや、どうせなら隠し通したほうがいいだろうか?
いや、とりあえず今は考えるのはよそう……。
いくら考えても最適解の見つからない議題に終止符を打って、俺は自宅へと向かう帰路に着いたのだった。
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