第7話 やっぱり完璧美少女だった

「いやー、今日も相変わらずすごい人気ぶりだなー」


 週が明けて月曜日。

 朝礼を待つ朝の教室で、冴木が他人事のようにそう言った。まあ、本当に他人事であるわけだが。


 冴木の視線の先にいるのは、完璧美少女こと若柳真夜。テストが近いこともあり、成績優秀な彼女は朝から多くのクラスメイトに囲まれて、勉強を教えている。


「うーん……。今日は普通だな……」

「普通って、何がだ?」

「ああいや、なんでもない」

「ふーん……」


 冴木は何やら探るような目で俺を見てくる。


 俺は慌てて話題を逸らすために、冴木に話を振ることにした。


「そ、そんなことより、お前はいいのか?あの輪に交ざらなくて?」

「俺は別にいいや。朝からあの人だかりに揉まれるのはごめんだからな」

「お前って本当に陽キャなんだか、時々わからない発言をするよな」

「陽キャとか陰キャとか、そもそも気にすることじゃないだろ」


 うん、こういう発言はやはり本物の陽キャにしかできないな。俺みたいな陰キャは、そういう区切りをはっきりと意識してしまうので、そこが陽の者と陰の者の差なのだろう。


 しかし、先ほどの俺の失言から冴木の意識を逸らすため、俺はどうにか冴木を向こうの輪に押しやりたい。


 そこで俺は、次のカードを切ることにした。


「そうは言うがお前、今回は勉強進んでるのか?」

「ギクッ」

「……ギクッって口で言うやつ初めて見たが、その様子じゃまだ手をつけていないみたいだな」


 案の定、冴木はテスト勉強についてはからっきしの様子。


「さ、行ってらっしゃい」


 俺は心の中で勝ち誇ってそう言う。


 しかしことはそう上手くいかず、冴木の方もどうやら切り札を隠し持っていたらしい。


「そうはいかないぞ!俺には秋月がついてるからな!」

「は、俺……?」

「俺は見たぞ、前回のテストでお前が学年二位だったことを!」

「バカッ、お前!」


 俺は慌てて冴木の口を塞ぐ。幸い、俺たちの会話は周りには聞かれていなかったようだ。


 よかっ……。いや、よくない。まさか冴木に、俺の前回のテストの結果がバレていたとは……。


「急に何すんだ!危うく息が止まるとこだったぞ」

「お前が余計なことを口走るからだ。……ていうか、まさかお前が俺の順位を知ってたとはな」

「一応言っておくが、わざとじゃない。お前が結果表をしまう時にたまたま見えちまっただけだ。それにお前は中学の頃から頭よかったしな」

「そうか。まあお前に知られるのは別に問題ないからいいが、他のやつには言わないでくれよ」

「はいはい。俺もお前とはそれなりに付き合いが長くなるからな。ちゃんとお前の性格もわかってるさ」

「ならいい」


 俺も冴木のことは信頼しているし、冴木は言いふらすようなことはしないだろう。


 それよりも、問題はこの後だ。


「そう言うわけで、秋月クン」

「気持ち悪い言い方するな」

「でははっきり言おう!俺に勉強を教えてください!」

「断る」

「いや即答かよ!……そんなこと言わずに頼む!神サマ仏サマ蓮斗サマぁ……」

「はぁ……。わかったわかった。お礼は購買のパン一食分でいいぞ」

「そんなんでいいのか?」

「え、いいけど?」

「ふーん。ま、お前がそう言うならいいか」


 昼は毎日自分で作った弁当を食べている俺からすれば、購買のパンを食べるなんて贅沢は普通なら考えられないことだ。


 やはり普段から購買パンで昼を済ませている冴木は、俺とは感覚が違うらしい。


 そんなことを考えていると、朝礼開始の五分前を告げる予鈴が鳴り響いた。


「おっと、そろそろ戻るか」


 そう言って冴木は、自分の席へと戻っていった。


 多少トラブルはあったが、どうやら俺の失言からは上手く意識を逸らせたようだ。


 先ほどまで賑わっていた若柳の席も、見ればクラスメイトたちもそれぞれ自分の席へと戻っていく。


 俺は何も考えずに若柳の方を眺めていたせいで、すでに若柳の周りを取り囲むクラスメイトたちはおらず、若柳と目が合ってしまった。


 若柳はそんな俺に対して不思議そうな顔はせずに、ニコッと柔和な微笑みを返してきた。


 俺は気まずくなって慌てて目を逸らしてしまったが、一瞬目が合ったことで大事なことを思い出した。


「そう言えば先週のお礼、改めてしないとな……」


 俺は一人そう呟いて、朝礼の開始を待つのだった。




***




 放課後。

 普段なら、生徒たちの談笑による喧騒から逃げるために、俺は誰よりも先に教室を飛び出すのだが、その日は忘れ物をしてしまいすぐには帰れないでいた。


 いや、ただ忘れ物をしただけならすぐに回収して帰るだけなのだが、今に限ってはそういうわけにもいかない状況にある。


 忘れ物を取りに戻ってきた教室からは、二人の男女の影。


「……さん、好きです!付き合ってください!」


 何やら教室の方に人影がないと思ったら、どうやらご丁寧に告白現場に気を遣って、クラスメイトたちは退散したようだ。


(嫌な場面に遭遇したな……)


 誰が誰に告白しているのかなんてのはどうだっていいが、出てきた時にバッタリ出くわしてしまえば、それはそれは気まずい状況になることは間違いない。


 その時、再び先ほどの男の声が聞こえて来た。


「なんでだよ!もうこれで三回目なのに、またダメなのか!」


 三回目って……、いい加減諦めろよ。というツッコミはどうにか心の中にしまって、俺は一度その場を離れることにした。


 なんだかつくづく嫌な場面だな……。






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