第11話 林間学校が行われる件

 俺は若柳とはあれ以来学校で関わることはほとんどなかった。


 時々顔を合わせると一言挨拶を交わすことはあったが、精々それっきり。


 俺は普段は影の薄い陰キャとして過ごし、放課後は定期的に家事代行として若柳の家を訪ねる。そんな二重生活がしばらく続いたある日のこと。


 その日も冴木と屋上で昼食を取っていると、思い出したように冴木が話を切り出した。


「そういや来週、一泊二日の林間学校があるらしいぞ」

「そうなのか?」

「ああ。この学校では入学してから二ヶ月経ったこの時期に、更に交流を深めるために毎年行われてるらしい」

「林間学校ってあれか?自然にふれたり、釜で米炊いたりするっていうあれ」

「俺たちの中学はそんなものなかったから想像の範囲内でしか語れないが、大体そんなとこだろ」


 林間学校。

 まさかこの学校にそんなイベントがあったとは初耳だ。しかも一泊するとなれば、色々問題が浮上しそうだ。


「服装は制服なわけないよな……」

「そりゃそうだろ。……あ、もしかして秋月お前、また上下黒一色の格好で来るつもりじゃないよな」

「ダメか?」

「高校生にもなってそれは流石にまずいだろ!」

「そうだよなぁ……」


 冴木とは学校外でも何度か遊びに行ったことがあるので、俺の私服についても知っている。そんな冴木からもダメ出しを受けてしまえば、流石に今までのダサい私服で行くわけにもいかない。


 当然学校行事である時点で若柳もいるため、バイト用に買った私服も着れないとなると……。


 まあ夏服もそのうち必要になるだろうし、また結菜に買い物に付き合ってもらうか。


「服はどうにかするとして、班行動とかがあると面倒なんだよな」

「どうしてだ?」

「俺は冴木以外でまともに話せる人はクラスにいないからな」

「なぜお前がそんな堂々としてるのかわからないが、とりあえず、今回の行事の中で友達を作ってみればいいんじゃないか?そのための林間学校だしな」

「……善処する」

「それはしないやつのセリフだ」


 そうは言っても、俺が自分から話しかけて場の雰囲気が冷めたりするのも面倒だし、俺みたいな陰キャはできるだけ大人しくしているに限る。


「冴木と同じ班ならそれが一番いいんだがな」

「お?ついに秋月もデレたか?」

「やめろ。気持ち悪い」

「あらら、まだツンだったか」


 話が軌道を逸れたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので、俺たちは教室に戻ることにした。




***




「今日はこれから林間学校の班決めをしまーす」


 昼休みが終わり、五時間目の授業。俺たちのクラスの担任であり、新任教師の彼は気怠げな調子でそう言った。


 今日のこの時間は本来は国語の授業のはずなのだが、やってきたのは国語科の教師ではなくクラス担任の先生だった。どうやら授業変更があったらしい。


 そして現在、突然林間学校の班決めをするなどと言い出したものだから教室は絶賛大盛り上がり中である。


「と言っても、くじ引きをするにも準備が面倒だったので、適当に男子二人、女子二人の四人組のグループを組んでくださーい」


 新任にしては以前から少しやる気が感じられない人物だと思っていたが、ついにとんでもない爆弾を落としやがった。


 俺のような陰キャが最も恐れている言葉。


 それは教師による、「ペアを組んでください」。もとい、今回のこの場合においては、「組みたい人と班を組んでください」と言う言葉である。


 重ねて言うが、俺はクラス内では冴木ぐらいしかまともに話せる人間はいない。


 ならばと思い、俺はひとまず冴木の方を見てみると、すでに冴木は何人かのクラスメイトに囲まれていた。


 わざわざ俺と二人で昼食を取っていると忘れてしまいがちだが、冴木はやはり生粋の陽キャであることを実感する。


 そうなると俺がとれる選択肢は大人しく他の班が完成していくのを待つだけ。


 あまりものはあまりもの同士で組むのが一番平和である。そう考えていたときだった……。


「ねえ、君。よかったら私たちと組まない?」

「え……、俺?」


 そう言ってなぜか俺に声をかけてきたのは、活発でいつも明るいクラスのムードメーカーの女子、美園柚月みそのゆづきだった。


 クラスメイトの名前をほとんど把握していない俺でも名前を知っていることからも予想できる通り、美園はクラスの中でもかなり目立つ人物だ。


 彼女はその明るい性格から、男女分け隔てなく接するので人気が高い。そんな彼女が、なぜわざわざ俺に声をかけてきたというのだろうか。


 その理由は、美園の後ろからひょこっと顔を出した人物が代わりに答えた。


「私たちを助けると思って、よければ組んでくださると助かるのですが……」


 その人物というのは若柳だった。


 美園と若柳は仲がいいというのはクラス内での周知の事実であるため、この二人が組んでいるというのは別に驚く話ではない。


 しかし問題は、なぜ俺と組むことが、この二人を助けることにつながるのか。


「実は私たち、先ほどから多くの方に一緒に組まないかと誘われていまして……」


 そこまで言われて俺は察した。


 つまりは、誰を断って誰と組むというのは波風が立つが、パッとしない陰キャの俺と組めば平和だという話だろう。


 わざわざ誘ってくれたわけだし、俺には特に断る理由もない。クラスの男子たちも、若柳と組むのが俺なら文句は言っても、本気で悔しがる奴はいないだろう。


 あの陰キャなら別にいいか、となるはずだ。


「わかった。そういうことなら組むよ」

「ホント?ありがとう助かるよ!」

「ありがとうございます。秋月さん」

「あれ、真夜ちゃん彼の名前知ってたんだ」

「ええ、クラスメイトですからね」

「さっすが〜。じゃあてことで秋月クン、改めてよろしくね!」

「よろしく」

「それで、もう一人の男子だけど誘いたい人はいる?」

「あー……」


 そこで俺は冴木の方をちらと見ると、冴木は先ほどから一向に組む人を決めていないらしい。現に今も、クラスメイト(主に女子)からの誘いを断っているようだ。


「あいつでもいいかな?」

「あ〜、冴木くんか〜」

「秋月さんがそう言うなら、いいんじゃないですか?」

「まあそうだね。冴木くんは人気者だから、ちょっとやそっとのことじゃ嫌われないだろうし」


 女子二人の了承を得て、無事林間学校の班は決まったのだった。


 これが無事と言えるかどうかは、今はまだ断定はできないが。

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