第10話 完璧美少女は風邪をひく

 さて、おかゆを作るとは言ったものの、よく考えれば肝心のトッピングになりそうなものはあるだろうか……。


 というか、そもそも若柳はちゃんと食材を調達しておいてくれたのか。


 そう考えてひとまず冷蔵庫の中身を確認すると、中には卵と肉、野菜室の方にも一通りメジャーな野菜が揃っていた。


 前回来た時は空だったことを考えると、しっかりと準備をしてくれたことがわかる。


 俺は若柳に感心しつつ、ひとまず今日使う食材を取り出した。


 俺はおかゆには梅干しを添える派なのだが、流石に若柳も梅干しは買っていなかったので、俺は別のもので代用することにした。






 三十分ほど時間を要して俺はおかゆを完成させ、再び若柳の部屋へと向かった。


「おかゆできましたけど、今食べられますか?」

「寝たら少し良くなったので、食べられると思います。入っていいですよ」

「では、失礼します」


 入室の許可を得て、俺は若柳の部屋の扉を開けた。そして、おかゆを若柳に差し出す。


「これは……」

「卵がゆにしてネギをトッピングしてみました。熱いので気をつけて食べてください」

「……はい」


 若柳はそう返事をしてスプーンを手に取り、息を

吐いて冷ますことをせずに一口食べた。


「あ、熱いです!」


 涙目になりながらそう言う若柳を見ながら、俺は「当たり前だ」というツッコミを入れたくなるのをどうにか堪える。

 

 風邪のせいか、それとも寝起きで寝ぼけているのだろうか、いつもの完璧美少女の面影を一切感じさせない若柳のその姿に、俺は少々困惑してしまう。


 しかしこれでは見ていられないと思い、俺は若柳からスプーンを奪い取って代わりに食べさせてやることにした。


「貸してください」


 俺は結菜と花凛が風邪を引いた時も同じようにしているので、慣れた様子で息を吐いておかゆを冷まして、若柳の口元に運ぶ。


「……あ、美味しいです……」

 

 すると、若柳が少し恥ずかしそうな顔でそう言ったので、俺はその顔を直視できずに咄嗟に目を逸らした。


 俺も若柳は確かに美少女だと思うが、普段の若柳は完璧美少女としての作り物の様な美を感じさせられて正直苦手だった。


 しかし今俺の前で少し照れた顔をしている彼女からは、普段の作り物の様な美ではなく、クールだけど人間味があって親近感を感じられる。


 遠回しに説明したが、つまり何が言いたいかと言えば、今の若柳は俺からしても魅力的に映ったということだ。


「あの……、どうかしましたか?」

「い、いえ。なんでもないです」


 若柳に声をかけられて、俺は慌てて我に返った。


 俺は今、なんと自惚れたことを考えていたのだろうか。


「後片付けを先にしてきますので、ゆっくり食べてください」


 俺は一瞬だけ浮かんだ気持ちを誤魔化す様にして、若柳の部屋を出た。


 俺も若柳の風邪をもらってしまったのだろうか。そんな考えが頭をよぎる中、後片付けに取り掛かった。




***




「ごちそうさまでした」


 俺が後片付けをしていると、若柳が食べ終わった食器を持って台所にやってきた。


 本人の言う通りどうやら体の調子は良さそうだが、それでもまだ安静にしておくべきだろう。


「あ、すみません。わざわざ持ってきていただいて」

「いえいえ、ただでさえご迷惑をかけてしまったというのに、これ以上お手を煩わせるわけにはいきませんから」


 若柳はお金を払って家事代行サービスを頼んでいる立場なのだからもっと堂々としていればいいのに、やはり彼女は根が真面目なようだ。


「それにしても、体調を崩すなんて久しぶりのことですね……」


 それは俺に語りかけた言葉だったのか、彼女の独り言だったのかはわからないが、俺はあえてその続きを聞いてみたくなった。


「そうなんですか?」

「はい。もしかしたら、最近学校で嫌なことがあったので、そのせいなのかもしれません」


 嫌なことと言うと、先日のあの一件のことだろうか。


「この話は決して自慢だと思わないでほしいのですが、実は最近、同じ方から三回も告白を受けてしまいまして……」


 あー、やっぱりその話だったか。


「断っても付き纏われて、うんざりしていたんです……」


 完璧美少女と言われる若柳でも、流石にストレスぐらい溜まるよな。


「私はただ、誰にでも優しくあれる人間でいようと思っているだけで、告白を受けるつもりなんてないのに……!」


 俺は若柳の悲痛な思いを聞いて、完璧美少女も苦労しているということを知った。


 しかし、現在も正体を隠し、普段は基本誰とも関わらずに悠々自適に生きているどこまでも自分の都合最優先な俺が、彼女にどんな言葉をかけられるだろうか。


「それは大変苦労されてるようですね……」


 俺が彼女に言えるのは、精々ただの他人事でしかない肯定の言葉だけだった。

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