第9話 完璧美少女に声をかけられた件
結局あれから俺の悪評が立つようなことはなく、何事もなかったかのように一日を終えた。
そしてその日の授業を終えた放課後、日直の仕事を済ませ、いつもより少し遅く学校を出ようとした時のこと。
俺が下駄箱の靴を取ろうとすると、不意に後ろから声をかけられた。
「あの、少しいいですか?」
後ろを振り返ると、そこにいたのは若柳だった。
完璧美少女の若柳が俺なんかに何か用事が……と一瞬考えたが、よく考えてみれば声をかけられるような心当たりがありすぎる。
俺は渋々、若柳の話に応じることにした。
「えーっと……、俺に何か用ですか?」
「はい、昨日は助けて頂いたので何かそのお礼をさせていただきたいのです」
今日一日、あまりにそのことが話題に上がらなかったので、昨日の一件はもしかしたら全て俺の妄想だったのかもしれないと冗談半分で思い始めていたのだが、どうやら本当のことだったらしい。
いや、そんなことより、若柳が俺に恩を感じているというのは訂正するべきだろう。
「昨日のことは、俺がむしろ君にお礼を返したくてしたことだから、気にしないでください」
「お礼……ですか?」
「ほら、この間の休日に俺がショッピングモールで道に迷っているところを助けてもらいましたよね?あの時のお礼です」
「そう言えばそんなこともありましたね。……ですが、それはそれ、これはこれです」
「……え?」
いやいや、俺が若柳にお礼をしたくてしたことだからこれでお互い様ってことで上手く話がまとまると思ったのに、なぜか若柳の中では俺にお礼をすることは既に決定事項らしい。
正直なところ、今俺たちが話している昇降口は人通りが多いので、あまり長く会話を続けるのはまずい。
陰キャの俺が若柳と仲がいいなどと誰かに勘違いされでもしたら、それこそ平穏な学校生活とはおさらばだ。
多少心は傷むが、俺は無理やり会話を終わらせることにした。
「本当にお礼とかはいいので気にしないでください。それでは、俺は用事があるのでこれで!」
「あ、ちょっと!」
俺は若柳の制止を振り切って、そそくさとその場を後にした。
若柳には申し訳ないが、日陰者の俺は彼女とはあまり積極的に関わりたくない。別に若柳のことが嫌いというわけではなく、単に俺の平穏が崩れるのが嫌だからだ。
ただでさえ家事代行で彼女と関わらなければならなくなってしまったと言うのに……。
あ、そう言えば、明日は若柳の家に行く日か。
いよいよ俺の正体が若柳にバレるわけにはいかなくなったな。……そんなことを考えながら、大きくため息を吐いた。
***
翌日。
今日は仕事があるのですぐに学校から帰宅してきた俺は、出かけるための準備を整えていた。
「お兄、今日はなんだか気合い入ってるね。自分で髪型のセットの仕方も覚えたみたいだし」
「まあ流石に社会の一員として、恥ずかしくない格好をしようと思ってな」
「ふーん」
俺が急に似合わないことを言い出したので、結菜はそんな俺を疑うようにジト目を向けている。
「もしかして、依頼主さんがすごい美人さんだからだったりして!……なんて、お兄に限ってそんなことあるわけないか!」
「あ、当たり前だろ!」
「え、その反応って、もしかして……ガチなやつ?」
俺が少し答えに詰まったのを見逃さなかった結菜は、イタズラっぽい笑みを浮かべ、「お母さーん!」と叫びながら母さんのもとへ向かっていった。
まあ確かに当たらずも遠からずといったところではあるのだが、後で帰って来てから母さんと結菜に質問攻めにされる俺の姿が目に浮かぶ。
しかし、今の俺はアルバイトに行く前に無駄な気力を使いたくなかったので、そのことは一度頭の片隅にしまって家を出た。
しばらく歩いて、俺は目的地に辿り着いた。
現在時刻は午後五時半を過ぎたところ。あまり夕飯が遅くなってしまうのは悪いので、できるだけ急いできたつもりだったのだが、少し準備に時間をかけ過ぎたようだ。
俺は玄関のインターホンを押して若柳が出てくるのを待つ。
「こんばんは」
今日も玄関の扉を開けたのは、いつもの完璧美少女ではなくクールな声の若柳だったが、俺は気にせずに早速仕事に取り掛かかることにした。
今日は先ほど若柳に頼まれた通り、お風呂などの水回りの掃除に加え、洗濯を行なった。
家でもよくやっているので慣れた手つきでスムーズに仕事を終わらせた俺は、今日も料理を作るべく自室にいる若柳にリクエストを聞くことにした。
「若柳さん、今日は何が食べたいですか?」
「……」
少し待っても、返事は返ってこない。もしかして、寝ているのだろうか?
流石に女子の部屋に勝手に入るわけにもいかず、どうしたものかと考えていると、部屋の中から微かに声が聞こえてきた。
「……すみません。どうやら風邪を引いてしまったようです。移してしまうと悪いので、今日は帰って頂いてもいいですか?」
若柳は掠れた声でそう言った。その様子から、本当に元気がなさそうだというのが伝わってくる。
しかし、ただでさえ生活能力に不安がある彼女を、体調を崩している時に一人にさせるのは流石に気が引ける。
「おかゆは食べられますか?」
「……え?」
帰れと言ったのに、返ってきた返事がそれだったのだから、若柳も驚いたようだ。
「……はい」
少し間を置いて若柳はそう答えたので、俺はすぐに台所へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます