第13話 林間学校前日①
「失礼します」
「はーい!……って、何だ、レンくんか」
「何だとは何だ。というか、学校ではその呼び方はやめろって言ってるだろ……」
「いいじゃん、他に人いないし。全く……、秋月くんは可愛げがないですね〜」
待ちに待った、というわけでもないが、いよいよ明日は林間学校当日。
俺はその日の授業を終えて放課後。咲奈姉さんに呼び出されて保健室に訪れていた。
「それで、今日はどんな用事で俺を呼び出したんだ?」
「そのことなんだけど、実は秋月くんに折り入ってお願いがあるのですが……」
咲奈姉さんが突然畏まったような様子で俺に頼み事をしてくる時は、決まってろくな内容ではない。俺は長い付き合いからそう学びを得ている。
「断る」
「いや、まだ何も言ってないんだけど!?」
「どうせ俺にとって不都合な内容だということは想像に難くないからな」
「むむ、流石レンくん。鋭いな……」
「呼び方が戻ってるぞ」
俺と七歳も歳が離れているというのに、咲奈姉さんは相変わらずポンコツだ。……おっと、女性の年齢を明かすような言動は避けなければ。
俺が心の中で一人でノリツッコミを完結させていると、咲奈姉さんは新たな作戦に打って出た。
「あれ、そう言えば、誰のお陰で屋上の鍵が借りられてるんだろうなー?」
「くっ、卑怯だぞ」
屋上の鍵を、人質――ならぬ鍵質に取られてしまえば、俺にはほとんど反論の余地はない。
学校生活で、唯一静かに落ち着ける場所を手放すわけにはいかないからな。
「仕方ない。とりあえず、話だけは聞くよ。……でも、余りにも面倒な内容だと思ったら断るからな」
「うんうん!そう言ってくれると思ったよ!やっぱり持つべきものは、従弟だね!」
思いっきり鍵質を取っておいて、何と白々しい。
「じゃあ早速頼み事っていうのは――」
ひとまず俺は、咲奈姉さんの話に耳を傾けた。
「えぇ……。それ、本当に俺じゃなきゃダメなのか?」
「私の知り合いだと、レンくんしか思い当たる人がいないの。お願い!」
どちらが歳上なのか一瞬忘れてしまいそうになるぐらい無邪気にそう頼まれてしまえば、一度話を聞いてしまったということもあり、俺は頷くしかなかった。
「はぁ……、わかった。引き受けるよ」
「やった!じゃあそういうわけで、明日はよろしくね〜」
「はいはい」
そう言葉を交わして俺は保健室を後にした。
(やれやれ。我ながら本当に、身内には甘いな)
一人心の中でそんな愚痴をこぼしながら、俺は校舎を出て帰路の着くのだった。
***
一度自宅に戻り、制服から私服に着替えて、俺はとある人物と共にとある場所に訪れていた。
……と、意味深長に語ったが、実際は俺の隣を歩くのは妹の結菜であり、俺たちが今いるのは例のショッピングモールであるわけだが。
「なあ、これなんかどうだ?」
「うーん、ちょっと違うかなー。せっかくの学校行事なんだから、もっとカジュアルな感じの服装がいいと思う」
俺は前に私服を買った店で、林間学校に着ていく服の品定めをしているところだ。
ちなみに、俺が提案した服は今のところ全て結菜によって却下されている。
「お兄もちょっとはファッションのことを勉強したみたいだけど、まだまだ甘いね!」
「はいはい。じゃあさっさと俺の服を選んでくれ」
「うーん、もうちょっと!」
自分が着るわけでもないのになぜそんなに深く悩めるのか俺にはさっぱりだ。まあ、俺からすればありがたいことなので余計なことを言う気はないが。
結局暇になってしまった俺は、店内をふらふらと彷徨き回ること数十分。結菜に呼ばれて服の試着をし、夏服と合わせて三着ほど購入して店を後にした。
「たまにはカフェにでも寄ってくか?」
「え、いいの!?」
「ああ、もちろん俺の奢りでな」
「いやったあ!」
今日は林間学校前日ということもあって学校から早く帰ってこれたので、まだ夕飯の時間まで余裕がある。
そう思って、今日の買い物に付き合ってくれた結菜を労うつもりで、カフェに入ることを提案した。
もう中学三年生にもなるというのに、大喜びで浮かれる結菜に手を引かれて、俺は全国共通の人気のコーヒーショップに足を運んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます