第14話 林間学校前日②

「なあ……、やっぱり別の店にしないか?」


 店内に足を踏み入れた俺の第一声がそれだった。


「ダメ!私はもうここにするって決めたんだから!二言はなしだよ、お兄」


 そうは言われても、俺はどうしても今だけはこの店に入りたくないという理由があった。


 店内の最奥の座席。一見普通の女子高生たちが、放課後集まって話に花を咲かせている、ありきたりな光景である。


 しかしそこには、俺の見知った顔があるのに気づいてしまった。


 顔と名前が一致しないクラスメイトの女子が数人、さらには名前も知っている、若柳と美園がいる。


 本来であれば、気付かれたところで「ただ妹と買い物にきた仲の良い兄妹」くらいに見られることだろう。


 しかし今の俺には、特に若柳とは顔を合わせたくない理由があった。その理由というのは……。今の俺の装いが、だということだ。


 あの律儀な性格の若柳のことだ。たとえプライベートの出先といえど、俺を見かけたら間違いなく挨拶の一つはしてくるだろう。


 ……それだけはまずい!結菜が若柳と顔を合わせたらいろいろと面倒なことになる。例えば、俺の正体がバレるとか、俺の正体がバレるとか、俺の……。


「どしたのお兄?次、私たちの順番だよ?」


 結菜に呼びかけられて見ると、俺たちの前に並んでいた客が注文を終えるところだった。


「お次のお客さま、どうぞ」


 すぐに俺の順番が来て店員にそう呼ばれてしまえば、俺にはもう大人しく注文をする以外の選択肢は残されていなかった。




***


 


「わぁー!美味しそう!」


 注文したフロートを、まるで眩しいものでも見るかのように目を細めて嬉しそうに話す妹の姿は何とも愛らしい。


「こんな状況じゃなければな……」

「ん、なんか言った?」

「いや、なんでもない」

「そ」


 フロートに夢中の結菜には、どうやら俺のつぶやきは届いていないらしい。まあ聞こえるように言ってないからいいのだが。


 そんなことよりも、問題は若柳の方だ。若柳は現在進行形で友人たちと楽しく会話かをしているようだが、俺の方はといえばいつ若柳に気づかれてもおかしくない状況に瀕し、先ほどから気が気でない。


「おーい、どしたのお兄?やっぱり少し変だよ?なんかこのお店に入る時から時々周りを気にしてるみたいだったし」

「い、いや、なんでもない。しいて言うなら、この格好で外を歩くのは慣れてないから落ち着かないといったところだな」

「ふーん……」


 ジト目で俺の方を見る結菜は、納得がいかないといった様子だ。


 どうごまかそうかと考えあぐねているその時。結菜の圧に耐えられず、一度視線をそらしたその先で俺はタイミング悪く、件の人物とちょうど目を合わせてしまった。


 俺は慌てて視線をそらそうとするが、時すでに遅し。何かに気づいた様子の彼女は、気味が悪いくらいのとびきりの笑顔でこちらを見ていた。


 俺は予期していたが訪れたのを確信し、天を仰いだのだった。


 


***




「ねえ、お兄。さっきからすっごく美人の女の人に見られてる気がするんだけど……」

「き、気のせいだろ」

「そ、そうだよね!気のせい……、じゃないかも」

「は?どういう……」


 どうやら俺は、結菜の発言に気を取られ、問題の人物がすぐ後ろに近づいてきていることにきがつかなかったらしい。


「あの……。秋月さん、ですよね?」

「若柳さん?こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 俺は突然声をかけられたことで内心大慌てだが、表ではあくまで平静さを保ってそう返事をした。


「そうですね」


 そこで会話は途切れた。


 なぜかそれ以上言葉を発しようとしない若柳に俺は疑問を抱きつつも、沈黙が続くこの異様に気まずい状況に言葉が出ない。どうやらいつも通りの、あのクールな若柳のようだ。というか、さっきの笑顔は何だったんだ……?


 ふと、そんなことを考えながら若柳の方を見ると、俺は若柳の視線がある一点に集中していることに気が付いた。その視線の先というのが……。


「あ、あの、初めまして。えーっと、若柳さん……、でしたっけ?」


 以外にも、その沈黙を破ったのは若柳と初対面である結菜だった。まあ沈黙を破ったというよりは、というべきか。


 そう、若柳が視線を向けていた先というのはなぜか俺ではなく結菜だった。


「初めまして。……ところで、初対面でいきなりこんなことを聞くのは失礼だとは存じておりますが、一つだけお聞きしたいことがあります」


 なぜかいつも以上に冷ややかな様子の若柳に、俺は一瞬たじろぐ。最近は雰囲気も柔らかくなってきたから忘れていたが、そういえば彼女はこういう人だった……。


 初対面の結菜は恐らく相当おびえていることだろうと考え、俺は慌てて結菜の様子を伺う。


 しかし、俺の心配とは裏腹に、結菜は笑みを浮かべていた。そして兄である俺には、妹のその笑みがどんな意味を含んでいるかは明白であった。あれは結菜がなにか面白いいたずらを考えついた時の笑みだということを。


「いいですよ。たぶん私も、あなたに同じ質問をすることになると思っていたところですから」


 結菜は若柳にそう返事をすると、今度は若柳に聞こえないように俺の耳元で囁いた。


(私、この人と話があるから。お兄はトイレにでも行ってて)


「え、なんで?」

「いいから!」

「は、はい」


 有無を言わさない結菜の圧に屈し、俺は仕方なく行きたくもないトイレへと向かった。


(あ……。いつ戻っていいのか聞き忘れた……)




 その後、俺がしびれを切らして席に戻ると、なぜだか知らないが先ほどまでのやり取りが嘘だったかのように楽しそうに話す二人の姿があったが、俺が席を外した後に一体どのようなやり取りがあったのかを俺が聞かされることはなかった。


 とりあえず俺の正体の方はばれていないようなので、後はもうどうでもよくなってしまってそれ以上追求しなかったというのが実際のところである。






――――――――――


 お久しぶりです。大変お待たせしてしまい申し訳ありません。おそらく以前までの内容を覚えていないという方が多いと思いますので、お手数ですが良ければ一話前だけでもご確認くださると幸いです。

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家事代行のバイトを始めることになった俺の依頼主は、学年一の人気者で完璧美少女な同級生でした〜俺の正体が同じクラスの陰キャだと気づいていない彼女は、学校での愚痴を俺にだけ聞かせてくれる〜 あすとりあ @Astlia

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