第2話 完璧美少女

 翌日、昼下がりの高校の屋上にて。

 

 俺は、昼休みの教室の喧騒を避け、一人誰もいない屋上で弁当を広げて優雅なひと時を過ごしていた……はずだった。


「おい、秋月あきづき!また俺を置いていきやがったな!」


 その人物は、静けさを一瞬にして打ち消して俺の元へ駆け寄ってきた。ちなみに「秋月」というのは俺の苗字だ。


 冴木理玖さえきりく。俺とこいつとは中学の頃からの付き合いであり、何が楽しいのか陰キャの俺に積極的に話しかけてくる変わり者だ。


 今では俺もすっかり、冴木との会話を楽しいと思っている。本人には言わないけど。


 まあ、実際冴木のことを変わり者だと思っているのは俺くらいのもので、普段の冴木はイケメンで運動神経抜群。勉強は少し苦手だがそれもまた愛嬌と言った、誰もが認める陽キャである。


「だから、昼飯の時は俺を呼べってこの間も言ったばかりだろ?」

「俺だって、たまには一人になりたい時もあるんだよ」

「何を言ってる。秋月はいつも一人じゃないか」

「それとこれとは別なんだよ」

「何が違うのか俺にはさっぱりだな……。まあいいや、さっさと昼飯を済ませないとな」


 そう言って冴木は、購買で買ってきた惣菜パンを頬張り始めた。


「そう言えば、よく俺がここにいるってわかったな?」

「ああそれなら、七瀬ななせ先生に聞いたら教えてくれたんだ」

「やっぱり咲奈さきな姉さんか……」


 冴木が言った「七瀬先生」と、俺が言った「咲奈姉さん」というのは同一人物だ。先に言っておくが、別に俺の実の姉というわけではない。


 七瀬咲奈ななせさきな。この学校の養護教諭であり、俺の従姉。実は、本来使用には教員の許可が必要な屋上を俺が私的に使っているのは、咲奈姉さんのお陰だったりする。


「七瀬先生ならお前の行きそうな場所もお見通しだと思って聞いてみたんだが、ビンゴだったみたいだな」

「はあ……。今度姉さんには、冴木理玖という男子生徒には気をつけるように言っておかないとな」

「ちょ、それはやめてくれ!あの天使のような七瀬先生に警戒なんてされたら……。いや待てよ、むしろあの天使が俺にだけ冷たい目を向けてくるというのも……。うん、悪くない」

「どうやら本当に報告しといた方が良さそうだな」

「わー待て待て!冗談だって、冗談!」


 冴木は必死に弁明しようとしているが、それなりに付き合いの長い俺にはわかる。今のは半分ガチだった。


 イケメンなのに彼女ができないのは、そういうところなんだろうな……。本人は気づいていないようだけど。


「冴木お前……、静かにしてればイケメンなのに勿体無いよな」

「うるへー。俺はいいんだよ。秋月こそ彼女とかに興味ないのか?」

「あるわけないだろ。俺みたいな地味な陰キャは、せいぜい目立たないようにひっそり生きるくらいがちょうどいい」

「地味ねぇ……。俺はお前を最初に見た時からずっと思ってたんだが、その長い前髪をどうにかしたら案外化けると思うんだけどなぁ………」

「ないない」


 そもそも俺は、元々そういう話に関心が薄い。思春期の大半を家事や妹の面倒を優先して過ごした俺は、浮ついた話にうつつを抜かしている暇などなかったからだろう。


「かぁー、しけてんねー」

「はいはい。余計なお世話だよ」


 そろそろ昼休みも終わりそうなので、俺たちは立ち上がって教室に戻ることにした。


「あ、そう言えば、お前たまに若柳真夜(わかやぎまよ)のこと見てるよな」


 若柳真夜とは、学年一の人気者で完璧美少女なんて呼ばれている人物のことだが……。どうしても俺に浮ついた話をさせたいらしい冴木は、何やら変な勘違いをしているようだ。


「違うさ。ただ単に、目立つから目がいくだけだよ。ていうか、俺の性格をよくわかってるお前なら、尚更俺が若柳みたいなリア充と関わるのは避けたいって知ってるだろ?」

「そうだよなぁ……」


 何がそんなに残念なんだか。


「まあもし俺に、万が一にも好きな人ができることがあったとしたら、お前には教えてやるかもな」

「ホントか?その時は必ず俺を頼ってくれよな!」

「ああ。そんなことはないだろうけどな」


 そこでちょうど俺たちは教室にたどり着いたので、大人しく自分の席に座った。




(若柳真夜ねぇ……)


 成績優秀、スポーツ万能で誰にでも優しい。まさに完璧という言葉が相応しい人物。


 そして何より、文句のつけようがない美少女だ。正直俺から見ても、身内贔屓込みでも結菜より美人であると言わざるを得ない。


 それでも、恋愛対象になるかと言われれば、答えはノーだ。むしろ完璧すぎて、俺は逆に苦手だったりする。


 ま、そもそも陰キャの俺とは一生関わることがない人間だろうし、これ以上考えるのも自意識過剰ってものだろう。


 ひとまずそう結論づけたところで、授業開始のチャイムが鳴った。







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