第4話 完璧美少女は依頼主

 その翌日、土曜日。

 月曜から金曜まで一週間の登校を終え、羽を伸ばす休日。


 本来であれば早起きもせず、流石に昼までとはいかずとも、十時くらいまでなら布団から出ないところだが流石に今日はそういうわけにもいかなかった。


「お兄、今日からバイトなんでしょ!起きろー!」

「うーん……。もうちょっと……」


 平日は全然そんなことはないのだが、俺は休日の朝だけは本当に弱い。そんな俺を見かねて、結菜が叩き起こしにきたようだ。


 俺は仕方なく布団から這い出して、外出する支度を整えることにした。




***




「それじゃあ、行ってきま……」

「……お兄、まさかとは思うけど、その髪型のまま行くつもり?」

「うっ……」


 バレないようにさっさと家を出ようとした俺を、結菜は見逃さなかった。


「服はちゃんとお前が選んでくれたやつを着たし、髪型なんて別にいいだろ」

「はぁ……。わかってない。わかってないよお兄……」

「そう言われてもなぁ……」

「いいからちょっと来て!」

「うわ、おい!」


 俺は結菜に思いきり引っ張られるようにして、大きな鏡のある洗面所へと連れて行かれた。


「はい。ワックスつけてあげるから、じっとしてて」

「えー、それベタベタしてて苦手なんだが……。ていうか、そんな新品のもの、いつ買ったんだ?」

「昨日お兄ちゃんがいない間にこっそりね」


 そのやりとりは、俺の方が歳上のはずなのに、まるで姉に面倒を見てもらう弟のようだ。


 何から何まで妹にやってもらうなど、だんだん兄として少し情けない気がしてくる。


 そんなことを考えているうちに、髪型のセットは完了した。


「これでよし!……ていうか、ちょっとカッコいいんですけど!」

「そういってくれるのはありがたいが、こんなに前髪を上げるのは恥ずかしいんだが……」


 長い前髪は俺のアイデンティティ。それが失われれば、陽の光から身を守る術が失われてしまう。


「絶対前髪を触らないように!」


 俺が無意識に前髪を下ろそうとすると、結菜はそう言った。笑顔なのが余計に圧がすごい。


 俺は渋々頷いて、もう一度鏡に映る自分を見る。


 前髪に晒された自分の顔は、やや中性的な印象で弱そうだ。……うん、結菜にそうしろと言われたから今日はそうするが、学校では絶対に前髪は上げない方が良さそうだな。


 そう心に決めて、俺は今度こそ家を出た。




***




 依頼主の家へは、昼すぎぐらいに向かうことになっている。


 先ほど、「家事代行サービス」の会社経営者である父親の友人に会ってきたが、特に説明を受けることはなかった。


 マニュアルとか、そう言った決まり事は特にないらしく、クライアントのニーズに合わせた仕事を行えばいいとのこと。


 まあ要するに、家事代行サービスとは形式上の呼び名で、実際は何でも屋みたいな仕事というわけだ。


 俺は一通り家事には自信があるので、力仕事を頼まれたりする以外なら特に問題はないだろう。


「えーっと、ここか……」


 たどり着いた先は、その辺りでは一際大きな一軒家だった。


 やはりわざわざ家事代行サービスなんてものを頼むからには、それなりに裕福な家庭だと容易に予想がつく。


 大層な玄関口に若干気後れしながら、俺は緊張を振り払ってインターホンを押した。


「はーい」


 聞こえてきたのは、俺と同年代くらいと思える、若い女性の声だった。


「初めまして、秋月と申します。家事代行サービスを頼まれたということで、参りました」


 このセリフはほとんどマニュアル通りだ。


「そうですか。今開けるのでお待ちください」


 ひとまず会話は中断し、俺は一息つく。このくらいのことで緊張していては先が思いやられるので、ここは一つ、社会人らしく爽やかな挨拶を……。


 そう決心した時だった。


 玄関の扉がガチャリと開き、家の中から顔を出したのは……。


「初めまして。若柳です。今日からよろしくお願いします」

「……っ!?」


 その時の俺は、とても驚いたような顔をしていたことだろう。一瞬だったから、多分向こうは気づいていないだろうが……。


 俺の目の前に現れたのは、学年一の人気者で完璧美少女のだった。


 昨日ショッピングモールで会った時とは違って、あまりにもクールな声だったから全然気づかなかったが、現れたのは間違いなく若柳真夜だ。


 現に本人が、「若柳」と名乗っている。


「……どうかしましたか?」

「あ、いえ、なんでもないです!」


 どうやら俺は、予想外の事態に困惑してその場に立ち尽くしていたらしい。


 しかし、仕事は仕事。まずはアルバイトとして、仕事をこなすことが最優先だ。




***




「改めまして、秋月と申します。この度若柳さんのお宅を担当させていただくことになりました」

「はい、よろしくお願いします」

「それで、仕事内容についてなのですが……」

「では、基本的に部屋の掃除をお願いします。数が多くて一つ一つの部屋が広いですが、掃除のほかには結構ですので」

「わかりました」


 掃除に洗濯、料理までなんでもこいと意気込んでいたのに、与えられた仕事内容は掃除のみ。


 それに、若柳真夜は俺の方には全く興味はないらしく、普段の完璧美少女の愛想の良さが全く伺えなかった。


 というか、そもそも俺に気づいていない……?


 いや、考えるのは後だ。今の俺はアルバイトの身。まずは与えられた仕事をこなすことを考えよう。


 そう考えて、俺は掃除に専念するのだった。






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