第32話 武子の不安と
武子は不意に頭の中にあった事を口にしていた。
「馨さん。お子が成されなければ、私は妻として…」
思い切って、今までの一番の不安を打ち明けてしまった。そう、夫婦になって1年以上になる。未だに子供ができないのは、自分自身に問題があるのだろうかという不安が、いつもどこかにある。
馨には婿養子だった時の前妻と結婚前の相手に娘がいる。結婚前の相手との娘は養子に出していると言われた。もしかしたら引き取らせてもらおうかとも思うのだ。
「武さんらしくないの。子供は授かりもの、焦っても仕方ないじゃろ。幸い勝之助という跡取りもいるのじゃ。そげに深刻にならんでもええじゃろ」
「私らしいとはなんですか。一番の心配なのです。子を成さぬ女が…」
「言わんでええ」
「いえ、もし馨さんが他の女人とお子を成したら、私は…。もしそちらにお気持ちが移られたらと思うと。誓約書だけのつながりなど、要りませぬ。でも、お別れするのもできません…」
最後は声が小さくなって、聞き取れなくなっていた。
「武さん、そげなことを…」
そう言って、武子を抱きしめて、目を合わせていった。
「いいか、わしが武さんと、人生を共にしたいと思ったんじゃ。子を成すとか成さぬとかは、関係ないんじゃよ。それに、わしは武さんを蔑ろにすることは、けっしてない。渋沢も言っとったろう。恋女房と。恋女房など外に現れるわけはなかろう」
馨は笑いがけながら、言っていた。武子は涙がこぼれてくるのを感じていた。
それを見た馨は「また泣かせてしもうたな。いつかのまじないも流石に期限切れかの」とのんびりとした言い方をしていた。
「そうですね。流石に期限は切れています。もう一度かけてください」
「武さんの望みでは仕方ないの」
そう言って瞼に口づけをして、唇を合わせてきた。武子は抱きつくことで、どうにか自分の体を支えていた。馨はそんな武子をソファに横たえさせていた。
「また、酔わせてしもうたようじゃ」
武子の頬に手を当ててつぶやいた。
馨はまた続けて、ウイスキーを飲んでいた。すると、武子が目を覚ましていた。
「起きたか。水を飲みなさい」
「また、なにか余計なことをしでかしましたか」
「いや、寝とっただけじゃ。わしは武さんの寝顔をつまみに飲んどったけどな」
「まぁ、着替えて、寝所に入ります」
「わしも、そろそろ寝ることにするか」
「どうせなら、二人で風呂に入るか」
武子に笑いながら言った。
「お断りいたします」
「そうか。残念じゃの」
肩を落としながら馨は一人で、風呂場にむかっていた。その姿を見て、武子は温かいものを感じていた。
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