第2話 新田勤王党
武子は父俊純から大変なことを聞かされた。
「わしは、しばらく国に帰ることにした。御公儀にもそのように願い出て、お許しを得た。そなたはどうする」
「大変なこととは、どのようなことですか」
「御公儀を倒すと言う輩が、
「そのようなことが、まことでございますか」
「本当のことじゃ。しかし、この事はご公儀には伏せてある」
「父上について行きとうございます」
「分かった。好きにするが良い」
「いつご出発でございますか」
「7日後じゃ。準備を怠るなよ」
「わかりました」
武子は次の日、三枝の家に向かった。
「綾ちゃん、急なことなのだけれど、父上と一緒にご領地に戻ることになったの」
「そう、上州もきっと大変なことがあるのね」
「そうらしいの。父上はどうなさるおつもりなのか、わからないのだけれど、私のできることでもあればと思ったの」
「寂しくなるのね。でも、また戻ってきてくれるのね。楽しみにしているわ」
「私も、絶対に江戸に戻ってくる。約束する」
「約束ね」
そう言って、二人は別れた。そして、武子は上州の領地に戻っていった。
「殿様、無事なお帰り、おめでとうございます。姫様も、ご帰国おめでとうございます」
「それで、
「同志を募り、走り回っているようでございます」
「誰か、繋ぎになるものはおらんのか。会いたいのだが」
「大丈夫でございます。身近におります」
「まさか、おぬしか」
「はい、私、仙之助が、頭目となっております。これは、殿の新田の血筋を考えれば、当然おわかりだと思っておりました」
「新田の血筋か」
俊純は暫く考え込んでいた。そのためらいをおわらせようと、仙之助は畳み掛けるように言った。
「帝をお守りするのは、我らに課せられた使命と考えます」
俊純はうっと声を出すと、仙之助を睨んでいた。
「分かった。家をあげて協力しよう」
そうやって、武子の父岩松俊純が新田勤王党の盟主となっていた。
しかし、この事は公儀、代官に知られていた。そして、党員の幹部が捕縛されてしまった。
「父上、このような事態になるとは、お考えにならなかったのですか。仙之助を始め、名主の息子といった者たちが捕縛されてしまいました」
武子は父にこの事態をどう治めるのか、確認しておく必要があると思っていた。
「皆に気をつけように申し付けておいたのだが、少し動きが派手になったかもしれん」
「父上、そのように気楽に申されることではありません」
「ひとまず、仙之助の母御は、この屋敷にて使用人となって身を隠しております。捕縛されていない者たちには、集会を持たぬよう申し付けました。他にやることはございますか」
「わしにもわからん。だが、武子の言う通りで良かろう」
岩松の家のものは大人しく、公儀に従うふりをして、やり過ごそうとしていた。そんな岩松家に不思議な客がやってきた。
「失礼仕る。わたしは、鮫島雲城と申すものでございます。岩松様、お久しぶりでございます」
「鮫島雲城、久しいの。いかが致した」
「この度、
「それは、本当か。こちらとしても、手助け頂きたいのだ」
「どうかなさいましたか」
「実は新田勤王党の幹部が代官所に捕縛されてしまった。そう遠くない時期に討たれてしまう」
「わかりました。お助けできるよう取り計らいます。まずは、岩倉様に従いいただく文をお送りください。私の手のものがお届けいたします」
「早速、書こう。待っていてくれるか」
「はい、大丈夫でございます」
そうして、俊純は奥にこもって文をしたためていた。その様子をうかがっていた武子は、鮫島に茶と菓子を出していた。
「このようなものですが、お召し上がりください」
「これは、うまい饅頭ですね。こちらの地のものですか」
「はい、そうでございます。お口に合いまして、嬉しいことでございます」
「麗しい方だ。しかも賢明な方だとお見受けしました」
「そのようなこと、申されても」
「そうでした。お父上の文遅いですな」
「父も、かなり悩んでいるようでございます。いままで、お仕えした御公儀を背くことになろうとは。私もまだ実感がないのです」
「時世は新しいことに変わっていきます。もちろん女子の生き方も」
「女子の生き方もですか」
武子はこの人の言っていることが、気になってしまった。もっと話を聞きたいと思うのだ。新しいことがおこるかもしれない、その好奇心が胸をときめかせていた。
「あっ殿様」
「書けた。これがその文だ。よろしく頼む」
「分かりました。必ずお届けいたします」
そう言うと、鮫島はこの家を出ていった。武子は見送りながら、少し安堵していた。しかし、胸がドキドキしていたことは確かだった。
事態は数日後大きく変わっていった。
「殿、岩倉様の使者という方が見えています」
「分かった、会おう」
そう言うと、小姓の一人が岩倉の使者というものを連れてきた。
「岩松様でございますな。こちらが主、岩倉具定からの文でございます。お納めください」
「ありがたいことだ。お預かりいたします」
そう言って、その場で慌てながら開けて、返事をした。
「岩倉様にはこちらの屋敷を使っていただいてもかまいませぬ。お世話をさせていただきたい。そのようにお伝え下さい」
「ありがとうございます。主にそのように伝えます」
そう言って、戻っていった。すると又数日経って、岩倉の軍が捕縛された者たちを開放した。仙之助も屋敷に戻ってきていた。
「殿、ご迷惑をおかけしました。この上はこの一身を持ってご奉公いたします」
「そのようなところまでは良いであろう。今まで通りやってくれ」
「姫様も、お気遣いいただき申し訳なく」
「母御をこの屋敷においただけです。逆にこちらがお世話になった」
武子は事態が収まりつつあることに、ほっとしていた。
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