麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
運命の相手と言われても、困ります。
占いで結婚相手を決めるとか正気ですか?
不器用に編まれた花かんむりを頭に載せられた私は、目の前の少年をキョトンと見上げた。
『待っていて、大人になったら君に求婚しに行くから』
そう言ってキスをされた幼いあの日のことは今でも憶えている。私の大切な初恋の思い出。
結婚の約束をしたけど、子ども同士の戯れのような約束だ。きっと彼は貴族のお家の子だろう。私は貴族じゃないからどっちにせよ彼のお嫁さんにはなれない。現実を受け入れた私は初恋を封印して、彼への想いを早々に忘れた。
仕方ない。私はあの頃7歳だったもの。
『レオ、こっちだよ!』
それでも目をつぶれば思い出す、無邪気で幼かったあの頃。
キラキラ太陽に反射して輝く金色の髪。彼が振り返って笑顔を見せてくれる。私は彼の笑顔が大好きだった。
幼い恋だったけど、確かに私は彼に恋をしていた。
──それなのに今では彼の名前も顔も憶えていない。
◇◆◇
「王子の運命の相手を決める占い?」
久々に再会した伯母から言われた言葉をおうむ返しにした私は怪訝な顔を隠さなかった。
急になんで占いという不確かなものを持ち出して来たのだろうと思っていると、この国の王族は昔から占いで伴侶を決めて来たのだと言うではないか。
しかも伴侶占いは魔女と呼ばれる特別な占い師にしか出来ないしきたりらしく、不思議と魔女に指名された伴侶候補の中から選ばれると、夫婦円満な上に国を繁栄に導くとかなんとか。
隣国で生まれ育った私には馴染みのない風習過ぎて若干引いてしまった。占いで将来を決めて、王族はそれでいいの?
「それでね、王宮広場前に年頃の異性を集められるの。身分関係なくね。魔女が運命の相手の特徴を言い当てるから、指名された女の子達の中から王子が花嫁を選ぶしきたりなのよ」
素敵よね、とうっとりした伯母に同意を求められたが、私はそうは思えなかった。
それは前もって王子の好みの女の子を指定して読み上げているだけなのではと思ったけど、あんまり悪口言うとしょっ引かれそうなので心の中で突っ込むだけにする。
「レオはそういうのは興味ないのかな?」
「伯父様、私はもう子どもじゃないのよ。17歳なの。そんなお伽話みたいな話聞かされて目を輝かせる年じゃないんだからね」
いつまで私を7歳の子どもだと思っているんだ。
私は伯父の問いを否定すべく手を振った。ないない。やだよそんな決め方で結婚相手が決まるとか。結婚をなんだと思ってるんだ。
「行ってみましょうよレオ。案外あなたが運命の相手だと指名されるかもしれないわ」
「そんな馬鹿な」
私は最後まで渋っていたが、伯父夫妻のデートのついでに王都へ連れていかれた。伯父が管理している領地から馬車で移動して、ちょっとした旅行になった。はるばる会いに来たってのにどうしてこんなことになったのかと馬車の中で私はげんなりする。
ここまでして王子の花嫁選びを見に行く必要があるのかと疑問に思ったが、年の割に夢見がちな伯母が浮かれているので私は沈黙を続けた。
楽しそうにしているところに水を差すのも申し訳ないし、おとなしく付き合ってやろう。
実は私の伯父は男爵位の貴族様だったりする。伯母も同じくどっかの男爵家のご令嬢だった。彼らは貴族としての位は低いけど、建国以来王家を支えてきた古くからの家柄なのだそうだ。
ちなみに伯父の妹が私の母であり、下位の男爵令嬢だった彼女は、偶然出会った父と恋に落ちて、今は隠居している祖父母にわがままを言って無理やり結婚したという経緯がある。
末端の男爵位だったから出来たことで、普通は許されないんだけどね。そんなわけで元貴族の母と平民出身の父を持つ私はもれなく平民で、平均的な中流家庭よりほんの少し裕福なくらいの家の育ちだ。
身分違いの結婚をした母。本来なら勘当ものだが、伯父夫妻も祖父母もなんやかんやで優しかった。私達との仲も良好で、今もこうして交流がある。
幼い頃、弟を出産した母の体調が悪くなり、一時期伯父夫妻のお宅でお世話になったりした経緯があるため、普通の伯父母と姪の関係よりも親子に近いかもしれない。色々と良くしてもらったし、今もこうして娘のように可愛がってくれているので、密かに第2の父母のように思っている。
「レオ、見てご覧。見えてきた」
伯父がとある方向を指差した。私がそちらに視線を流すと、他の建物に隠れていたお城がちらりと見えた。絵本の中に登場してきそうな華やかなお城。
やっぱりうちの国とは文化や雰囲気が異なるなぁ。言語は変わらないのに不思議なものだ。
人混みがすごいのでお城の手前で馬車から降りると、華やかな城下町を歩いた。伯父と伯母が仲良さそうに腕を組んで歩くその後ろを静かに付いていく。
人が本当に多い。歩いていると人と肩がぶつかりそうだ。もしかしてここにいる女の子みんな、花嫁占いに参加する人だろうか。おめかしした若い女の子の姿がやけに多かった。
私がこの国で過ごしたのは6歳から7歳の間だ。短い期間だったけど、その間に色んな場所へ足を運んだ。だけど年月の経過で思い出の場所は廃れていたり、大きく様変わりしていた。
当時、一番長く一緒に過ごしたのは間違いなく初恋の彼だ。伯父夫妻のお屋敷の近くの療養所にやってきた男の子。私が帰国するまで毎日のように遊んでいた彼は、今も元気にしているだろうか。
──もしかしたらもうすでに結婚しているかもしれないな。身分の釣り合う綺麗なお姫様と。
懐かしく甘い初恋を思い出しながら歩いてたどり着いたのは、王宮へと続く道を隔てる無骨な門。そこでは門番が入場者をひとりひとり確認して通行を許可していた。
今日という日は独身の年若い娘と、その保護者のみが入場できる決まりのようだ。
「身分証を」
入ろうとしたらズイッと手を差し出された。
出入口を厳重に守っている門番に身分証の提示を求められたので、この国に来たときに発行してもらった滞在許可証と自国の身分証を出す。
それを一瞥した門番さんは「外国人か」と眉を器用に動かして、私を疑わしそうに見下ろしていた。外国人は入場許可されないって奴だろうかと思ってると、横から私の伯父様が男爵家の家紋が彫られているシガーケースを門番に見せて「この子は私の姪だ」と一声かけた。
「これはブロムステッド男爵閣下、失礼いたしました」
末端の男爵家とはいえ、貴族は貴族。門番はビシッと背筋を伸ばして通してくれた。貴族ってすごいな。
門を通過すると、広い広い庭が広がる。ばしゃばしゃと水飛沫をあげる噴水のその先には迷路のような庭園がお城を囲んでいる。しかし、季節の花々を鑑賞したいなという気分にはなれなかった。
なぜなら、お城の周りを囲むように年若い娘でいっぱいになっており、少々息苦しいからだ。あそこに紛れ込んで花嫁選びを鑑賞しろっていうのか。いやだなぁ。
「こっちよ、レオ」
場所取りは早いもの順なのかと思ったけど、ここでは貴族の権力を使ったらしい。
末端の席ではあるが、貴族用の席へと案内された。ここに私が座っていいのだろうかと恐縮していたが、伯父様も伯母様も平然としていたので私は身を縮めて席に座った。あんまり目立たないようにね。
上座と呼ばれるであろういい席にはまさに高位貴族と言っても良さそうなお姫様達がお澄まし顔で座っていた。この席も多分身分の高さ順に配置されているのだろう。
あまりまじまじ見つめるのは失礼なので目をそらすと、お城のバルコニーを囲むように集まる群れを見下ろした。
これ、全員花嫁志望なんだ……保護者が同席してるにしても、多すぎるでしょ。
どうせこれも形式的な花嫁選びで、前もって決まってるんでしょ。
だって占いで決めるとか馬鹿らしいじゃない。
庶民が王子の花嫁になれるわけがないってのに。
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