美しい花には毒があるってこの事でしょうか?
暗殺騒動に巻き込まれてから数日。
しばらくは周りの気配に怯えていたが、王子の指示によって警備強化されたのと、時間が経過して私も落ち着きを見せはじめた。
「ふぅ……」
監視の目が増えて安心とは言っても、人の目が増えたせいで息苦しさは感じる。それは命を守るためだから仕方ないんだけど、もうちょっとどうにかならないだろうか。
中庭の花を見つめる時間は自由時間だったのにそれまで拘束されている気分にさせられる。
「レオーネ」
名を呼ばれた方へ視線を向けると、王子が薔薇の生け垣の向こうから登場した。赤薔薇と金色の髪の対比が麗しい。
うん、薔薇がよくお似合いである。
「ここで休憩してると聞いたが……顔色が優れないな。何か不安事か?」
あの日から王子は以前にも増して優しくなった。
さすがに命を狙われている私が哀れに思えたのだろうか。どうせなら最初から優しくして欲しかった。
「……ちょっと、息苦しいかなって」
私が苦笑いして見せると、王子は難しい顔をしていた。
「すまない、王宮も絶対に安全とは言えないんだ。君の命を守るため、もう少し辛抱してくれ」
わかっている。王子は私の命を狙う者達を見つけだそうと必死に捜索してくれている。姿の見えない何者から、私を守ろうと頑張ってくれている。
お城の警備を見直し、居住区域の使用人も更に厳選した。私につく侍女さんを正式に任命していたし、元々料理の毒味役が存在したのに、更にもう一人確認の毒味役を置くほどの徹底ぶり。もしものことが起きないようにいろいろ対策を練ってくれた。
そこまでするの? と逆に申し訳なくなったが、そこは王族と庶民の違いなのだろう。
王族というだけで狙われることのある彼はこれくらいして当然だと思っているようである。そう思っているのは王子だけでなく、他の王族の方々も同じ考えみたいで、不満の声は一切出てこなかった。
ここまで面倒になったんだ。私を隣国に送り返そうとは思わないのだろうかと不思議になるのだが、王子はそのような提案をしなかった。
男爵家もしかりだ。多分王宮に比べて騎士も少ないし守りが弱いからだと思う。この状況を重く見ている伯父様達も国の両親も、今はおとなしく王宮で守られていなさいと手紙に書いて送ってきた。
なので私としてもおとなしくせざるを得ないのだ。
……なんとなくだけど、王子はある程度予想がついている気がする。今は証拠集めをしているか、それか泳がせてしっぽを出したところを引きずりだそうと考えているのか……
「レオーネは花を見るのが好きなのだろう。温室には入ったことある?」
「……? いえ、入っちゃいけないのかなと思ったので」
「おいで、珍しい植物が沢山あるんだ」
優しく微笑んだ王子が手を差し伸べる。太陽の光でキラキラ輝く金色の髪。──なぜか一瞬、王子と初恋の男の子の姿がかぶって見えた。
恐る恐る手を預けると、そっと握られて温室へ誘導された。
この中では異国原産の植物を研究もしくは鑑賞目的で栽培しているらしい。先代陛下の趣味がそのままそっくり残されており、今では国の最高学府の学生達の研究場所にもなりつつあるんだとか。
王子は空いている手を持ち上げて、温室内の植物を指す。
「先代のお祖父様は植物学にご興味があって、いろんな国々から植物を輸入しては研究なさっていたんだ」
温室に一歩足を踏み入れて気づいたが、さきほどまで私の周りをがちがちに守っていたはずの護衛騎士達がさざ波のように離れて行き、王子とふたりきりになっていた。
……護衛の意味よ。私はともかく王子に何かがあったらどうするつもりなんだろう。
「あっちはサボテン群。何もない砂漠に生える。現地では食べられるそうだ」
「美味しいんですかね」
「調理の仕方によるんじゃないか?」
少し前までなら、私は王子に睨まれるのが怖くて黙り込んでいたので会話どころじゃなかったけど、最近はおしゃべりする回数が増えた。
彼は知識が豊富で、私の知らないことを丁寧に教えてくれるので会話が楽しいと感じる余裕も生まれた。
「これは?」
楕円形の厚い葉を持つ中低木には赤色の種子が実っていた。なんの実だろうと興味本位で手を伸ばすと、はっとした王子にその手を捕まれ、体を抱き寄せられた。
「だめだ、これは全体に毒性がある。触らないほうがいい」
「ど、毒……」
あ、危ない。
やっぱり立入禁止区域なんじゃないの。なにも知らずに入って触ってたら、私の死体がその辺に転がっているって事もありうるんじゃ……
「その植物はミフクラギと呼ばれているものだ。とにかく毒性が強い。原産の国ではこれで暗殺されることもあるらしい。お祖父様は生前その解毒剤を作ろうとなさっていたが結局できず仕舞いだったな」
王子の説明を聞いた私は脱力してしまう。
なんて恐ろしい研究をしているの、先代陛下。下手したら自分が死んでしまうじゃない。
なるべく触らないように見学しようと自分の考え無しの行動を反省すると、ふと気づいた。
『ぁ……ぁぁん……』
何処からか鳴き声が聞こえることに。
私は耳を澄まして音源を探る。なんだろう、発情期の猫みたいな声が聞こえる……
「レオーネ?」
「猫かなにか忍び込んでいるんでしょうか。鳴き声が……」
私は温室の奥に足を踏み入れ、ぴたりと立ち止まった。
温室の開けた場所には丸テーブルとカウチがあった。その上で重なり合った何かが小刻みに動く姿を目にした私はぽかんと口を開いて固まってしまった。
「レオーネ!」
私の後ろからついてきた王子が慌てた声で私の名前を強めに呼び、手のひらでさっと視界を遮った。お陰で目の前は真っ暗だ。
「見るな。汚らわしいから」
私の体を抱き寄せて、胸元に顔を押し付ける形でなにも見えない状態にすると王子は怒鳴った。
「誰か! 誰かいるか、不届き者だ!」
温室内に反響して、丸テーブルの上で重なり合っていたそれらが驚いて転げ落ちる音が聴こえてきたではないか。
見えない位置から護衛していた騎士を呼び付けた王子は「あやつらを引っ捕らえよ」と厳しく命令していた。
そのあとは大騒ぎになった。女の金切り声と、女のほうが誘ってきたのだと訴える男の情けない弁解が聴こえてきたけど、依然として視界は塞がれたままだ。何も見えない。
私は駆けつけてきたヨランダさん並びに侍女さん達からご丁寧に目隠しされて、そのまま温室から出されたので修羅場を目にすることはできなかった。
あの中でなにがあったか。
それは、ステファン王子の花嫁候補の一人である候爵令嬢が、恋人の騎士と温室内で逢い引きをしており、あまつさえいかがわしい行為をしていたのだ。
その場面に出くわしたのが私と王子という訳だ。
身分に関係なく年若い未婚の娘が婚前に純潔を失っていることは欠陥として見られる。彼女は王子を謀ったのだ。
貴族令嬢で髪色が栗色であるということだけで、無理矢理花嫁候補になったと言うのに、王宮敷地内で恋人と密会。ちなみに恋人は王宮内勤務の騎士だそうだ。
誤魔化せないスキャンダルだ。それが王宮だけじゃなく、貴族社会を揺るがす大問題になった。
王家を軽視していると事態を重く見た王様達が処罰を与える前に、侯爵、つまり令嬢の親が自分で娘を罰した。娘の貴族籍を剥奪し、着の身着のまま家から追い出して、平民となった後に恋人の騎士と結婚させるとのこと。その後離婚しようと路頭に迷おうと出戻りは許さないと宣言したとか。
候爵家に罰が下る前に娘を切り捨てたらしい。
……果たしてそれは罰なのだろうか。
候爵令嬢からしてみたら恋人と結婚できる訳だし。むしろ身分の壁問題が解決して良かったねと、身分違いの恋愛から結婚をした両親を持つ私は思うのだ。
まぁいいか。赤の他人の事なんて。
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