愛しの婚約者は今日も私を甘く見つめてくる。【完】


 後日私はミカエラ大叔母様の婚家である、フェルベーク公爵家へ養女に入ることとなった。あれからトントン拍子のまま、ステファン殿下の婚約者になる準備が整えられていった。

 大きな邪魔者が排除されたとなれば、あとは楽なのだと彼は言っていた。それほど、ベラトリクス嬢の実家は曲者だったらしい。


 そんなわけで私の名前はレオーネ・フェルベークとなり、戸籍が公爵家の娘になった。新たに義理の家族が出来た訳だが、公爵一家と同居はしないからあくまで体裁だけだ。


「僕の事はお兄様と呼んでくれてもいいのだよ、レオーネ」

「ははは…」


 実はあのハンカチのフェルベークさんは私の親戚だったのだ。私の母方の祖父の妹さんだったミカエラ大叔母様の孫である彼はつまり私の再従兄。


「嫁にやるのが惜しいなぁ…」


 昔から筋金入りの愛妻家で有名なおじいさんがしんみりと呟いた。

 あまりにも私がミカエラ大叔母様のお若い頃に似ているからと、『王子との結婚をやめて、うちの孫息子と結婚しない?』と隠居中の義大叔父様……ミカエラ大叔母様の旦那さんに言われたのはここだけの話。


「うちに娘や孫娘がいたら君みたいに可愛らしい子が産まれたんだろうにねぇ。見事に男ばかりで」

「そんなお祖父様、僕のことが可愛くないと仰るんですか?」


 ヨヨヨ…と目元にハンカチをくっつけてわざとらしく泣き始めるハンカチのフェルベークさんもとい、義理のお兄様。意外と愉快な人なのかしれない。


「あなたがつれないことを仰るから孫息子が拗ねてしまいましたよ」

「可愛くないとかそういう訳じゃないんだがな」


 仲のいい爺孫である。

 ミカエラ大叔母様は旦那さんに寄り添って幸せそうに笑っていた。

 ──私達も将来あんな夫婦になれるだろうか。

 貴族同士でも格が釣り合わなかったふたりの老夫婦の現在を見ていると、なんだか何とかなりそうな気もしてきたのである。



◆◇◆



 私は未だに王城に滞在している。ステファン王子が公爵位を継承する時には一緒にヴァイスミュラー公爵領に向かう事になるが、それまではご厄介になることになってる。


 私の肩書きが花嫁候補から第3王子の婚約者に代わり、今では習う科目も増えててんてこ舞いな毎日を送っている。

 大変であるが、周りの支えもあって何とかなっている。王城でいろいろ経験して行く内に、私も覚悟が決まっていったのもあるのかもしれない。


 それでもたまに、本当に相手が私でいいのかなぁと心配になるけど、私じゃなきゃだめだと彼が駄々っ子みたいなことを言うし、周りも婚約を祝福していた。

 それほど魔女の占いは確実ってことなんだろうか。大丈夫なのだろうか、この国。



 相変わらず殿下は私を睨む。

 だけどそれは私を好きすぎて凝視してしまうだけ。

 ソファでお茶を飲む私にピッタリくっついた彼を見上げると、王子は柔らかく微笑む。好き好き視線がもう隠せておらず、私は黙ってそれを享受するのみ。


 ちなみに魔女の占いにはタネも仕掛けもない。完全に魔女の能力で言い当てられたものらしく、私が条件に完全一致したのは占いによるものなのだという。


「レオ、何を考えてるの?」


 私の意識がどっかに飛んでいっているのに気付いた王子が私の頬に触れながら構ってくる。


「運命の相手を占った時のことです」


 殿下は私と過ごした幼い日からずっと私のことを想い続けていたらしい。

 結婚相手は初恋の相手以外考えられないと最後まで抵抗して、その結果王家のしきたりだからと押し負けてあの場に立っていたそうで、当時は絶望的な気分だったとか。

 なんの因果か、私が居合わせて私だけが条件に当てはまると言うまさしく運命的な巡り合わせが起きた。


 絶対にこれは運命だと確信した彼は絶対に私を逃さないつもりで、自分のことを忘れてるならもう一度振り向かせてみせると息巻いていたらしい。

 ──その一途すぎる想いと、占いの偶然がなんとなく恐ろしいのだが……今となってはそれで良かったのかも知れない。


「占いなんて馬鹿らしいと思っていたが、君を選んでくれた魔女殿には深く感謝しないとね」


 あの魔女には王子が個人的にたんまりお礼を渡したらしい。そんなことしていいんだろうか。後で問題になったりしない?

 本当、あの魔女って何者なんだろうね……どこまで、見えていたんだろう。

 諦めていたはずの初恋を引き寄せて、私と彼の縁を再び結んでくれた。胸の奥で眠らせていた初恋の思い出はあっという間に再燃して幼い頃よりも強い想いへ変化した。

 昔よりもずっともっと彼が愛おしくてたまらない。


 ……訂正だ。幼い頃の初恋を想いつづける王子の一途さが恐ろしいとか言ったけど、私も人のことを言えないのかもしれない。


「レオ、私をみて」


 一緒にいる時は自分のことを見ていてほしいと懇願する王子のおねだりに負けて、私は持っていた紅茶をテーブルに戻した。


 ペアリングを付けた手に指を絡めるように握られたので、私もその手を握り返した。私達は見つめ合い、笑い合う。

 降り注がれる甘い視線に胸焼けを起こしそうだが、大切にしてくれているし、私は幸せだ。


 これから大変なことが待ち構えていても、彼の愛さえあれば乗り越えていけそうなそんな気がしている。

 彼が私を愛してくれているように、私は彼を愛している。

 幼い頃に離れ離れになったときのように離れたくない。ずっと彼の側にいたい。


「好きよ、ステフ」


 昔のように愛称で呼び合うのはふたりきりのときの決まり。子どもの時のように呼ぶだけなのに、くすぐったい気持ちになるのは何故なんだろう。

 私が愛を伝えると、彼は嬉しそうに微笑んだ。私は幸せな気持ちで彼の胸に頬を寄せて甘える。


 顎を持ち上げられ、麗しい彼のお顔が近づいてくる。

 私は彼の唇を迎えるためにそっと瞼を閉じた。


 はじめてされた口づけよりも熱いキス。

 私は幸せで溶けてしまいそうだった。


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