味のしない食事はこれが初めてです。


 王子、そして貴族令嬢と共にする夕食は不気味な静けさがあった。

 一人で食べているときも静かだったけど、それは気楽って意味で、である。

 ここではちがう。一挙一動を観察され、何か不手際があれば嘲笑されるであろう嫌な空気で満ちていた。


「あら、お育ちの割に食べ方はお綺麗なのね」


 私の食事の仕方を観察していた一人の令嬢の言葉に、周りの令嬢が合わせるようにくすくすと笑う。人の粗探しをして何になると言うのだろう。育ちはいいはずなのに、意地の悪さが滲み出ていてなんだか残念に映る。こういうところは市井の女の子と同じなのね、と妙な親近感すら覚える。


「母に躾られましたので」


 それと伯父伯母にもね。平民身分だとしても、どうせなら綺麗に食べた方がいいだろうからと。

 私は言葉少なに返事をする。余計なことを言わぬよう、必要最低限に済ませるのだ。


「庶民にテーブルマナーなんて必要かしらね?」


 明らかに友好的じゃないお姫様の発言に、私の口の端がぴくぴくした。 

 我慢我慢。貴族様ってのは庶民をありんこみたいにしか思っていないんだ、ここで言い返しても揚げ足取りされるだけ。我慢しろ、食事の間だけ我慢すればいいだけ。


「──殿下、そういえばご存知? 先日のリザルト伯主催パーティで……」


 私が黙り込む姿を見て満足したのか、令嬢達は王子に話しかけていた。目の前で盛り上がっている内容は、私にはわからない話題についてだ。

 私を仲間外れにしようとしてるみたいだが、内心ホッとしていた。私は黙って食事するからそっちはそっちでおしゃべりしているといい。


 はぁ、それにしても緊張のせいで味がしない。見事なご馳走の数々、絶対においしいはずなのに。お部屋で食べたいなぁ……。明日からは絶対にお部屋で食べよ。

 もくもくと一人食事を続け、メインディッシュを頂くとその後の食後のデザートを辞退して席を立った。

 すると周りの会話が一旦途切れ、こちらに視線が集中したのがわかった。


「今晩はお招きありがとうございました。それでは私はお先に失礼いたします」


 失礼にならないようにこの場にいる面々へ挨拶すると、私はひとり席を離れた。

 背後から突き刺さるような視線を感じるが、私は振り返らずに早足で逃げたのだった。



◇◆◇



 光にきらめいてチカチカと輝きを放つ宝石たち。私は生まれてこの方、こんな大量の宝石を前にしたことがない。

 午後の休憩時間に私の部屋へ訪れた王子が引き連れてきた宝石商が並べた宝石類。私は目をしぱしぱさせながら、庶民が手出しできないような最高級宝飾品と対峙していた。

 王子が突然部屋へやってきたから、てっきり私の授業態度の確認をしに来たのだと思っていたら、宝石商って! 今度はなにをするつもりなんだこの人は!


「これはどうだ。普段使いにもできるぞ」


 そう言って私の首周りに豪華な翡翠飾りを装着する王子。その手慣れた動作に私は何とも言えない気持ちになる。ネックレスがずっしり重くて、私の気分まで重くなった。


 鏡に映った私はずいぶん垢抜けた。宝石に負けない見事なドレスに、王宮の手練れメイドによるお世話のおかげで、見れるようになったと思う。花嫁候補として王宮ではそれなりによくしてもらっている。それは間違いない。

 ──しかしここまでしてもらうのは流石に無理がある。


「あの、お金がもったいないと思います。民からの税金をこんなふうに使うのは……」


 隣国の平民のためにこの国の税金を使うのは間違っていると思うのだ。それが仮に王族に充てられたお金だとしても、使い道を間違っている。与えられた立場以上に与えられすぎているのは気のせいじゃないと思う。これは良くないことだと私だってわかる。

 だから物申したのだが、王子は怪訝そうに首を傾げていた。


「これらを購入する金はすべて私の私財だ。私個人が増やしたものだから気にする必要はない」


 ばっさり斬られてしまった。

 ドレスとかその他の小物も、全部王子の私財で購入?

 あぁ、噂で言う個人で行っている事業の収入ってこと? それを湯水のように私に使っているの?

 なおさらもったいないと思うんだけど。


「金は使わなきゃ経済が回らない。正当な報酬で購入しているんだ。心配するな」


 緑の宝石を使用している耳飾りを私に着けながら微笑む王子はなんだかいつもより機嫌が良さそうに見える。


「こちらマラカイトを使用しております。お嬢様は肌が白いですので、緑が映えますね」


 宝石商はここぞとばかりに大量売買成立を目論んでいる様子。そして王子は薦められるがままに別のアクセサリーにも手を伸ばしている。

 買い物の仕方が派手なんだよこの人。買い過ぎなの。

 私が止めなきゃ、全部買い占めてしまいそうな勢いで恐ろしい。


「うん、これも似合う」


 至近距離から微笑まれて、私はドキッとした。

 だっていつも私を睨みつける王子が笑ったんだもの。それもなんていうか……愛想笑いとかではなく、甘さを含んだような笑みだったもんで私は彼の笑顔から目が離せなくなった。


「ステファンの瞳の色と同じものばかり選んではダメだ。レオーネ嬢の好みも聞かないか」


 そこに口を挟んできたのは、まさかの第2王子。ステファン王子の2番目のお兄さんである。強制でお城入り決定したときに挨拶したっきりだな。

 なんでこの人が部屋に!? と思って出入口を見ると、そこには侍女を引き連れた身分の高そうなレディが部屋に入ってきたところだった。私と目が合うと、レディはにこりと微笑みかけてきた。


「何の用ですか兄上」

「お前が珍しく宝石商を呼んだって聞いたから見に来たんだよ。複数購入するなら、色んな色を組み合わせなさい。ドレスによって合わない色もあるのだから」


 テーブルの上に並べられた宝飾品は見事に緑の宝石で統一されている。言われてみればそうだな。

 なんで緑ばかり? 私には緑が似合うってことだろうか。初めて言われたぞそんなこと。


「余裕がなさすぎだよ、ステフ」


 これ見よがしにため息をついて見せるお兄さんを見上げた王子はムッとしていたが、仲が悪いとかそういう雰囲気は一切感じない。王位継承でギスギスしているとかそういうことはなさそうである。


 一緒に入室してきたレディはお兄さんの奥さんだ。私のために宝石をいくつか見繕ってくれた。お兄さんがこういう宝飾品は同じ女性の方が見立てが上手だからと言って。

 王子妃様が見繕ってくれてる横で不満そうにするステファン王子の視線がちくちく横顔に刺さる。

 ……別に宝石は欲しくないんだけどなぁ。私、そんなに物欲しそうな顔しているだろうか。


 購入候補を決めて、これで終わり、解放されるのかと思ったら、キュッとおもむろに指を握られた。王子は私の手に指を絡めて物珍しそうに観察する。


「レオーネは指が細いな」

「普通ですよ」


 なんで急に私の指を握るのかなと思ったら、宝石商が並べているアクセサリーからシンプルな指輪を手に取り、それを私の指にはめた。

 まるで指輪の交換の儀式である。

 え、指輪? 指輪まで買うの? 指輪はいいでしょ……


「……あの、指輪はいりませんよ。婚約してるわけじゃないんですから」


 ネックレスとブローチ、耳飾りだけでも決して安くない金額になるんだ。これ以上購入は結構。もういいです。

 平民として生まれ育った私には彼のお金の使い方が理解できない。いくらなんでもここまでしてもらう理由がないのだ。


「君は私の花嫁候補だろう」


 定型句になりつつあるその言葉に私はぐっと口ごもりそうになったが、頑張って口を開く。


「あの……そうなんですけど、でも」


 候補なだけだと反論しようとしたら、鋭く睨まれた。

 私の粘土よりも柔らかい意志は簡単に曲がり、王子の圧に完敗した。

 黙り込んだ私を余所に、王子は宝石商に注文をつけはじめた。


「ダイヤを埋め込んだものをペアリングで頼む。デザインはもっと華奢な方がいいな。レオーネに似合いそうなこんな感じの……」


 私を置き去りにして、指輪までオーダーする始末だ。サイズとデザインを指定して、宝石商と話し込むステファン王子。

 窘めてくれそうな兄王子夫妻は「仕方ないなぁ」と微笑ましそうにこちらを見守るのみ。──私は全然微笑ましくないよ?


 ペア? 私と王子でペアのリング着けちゃうの?

 嘘でしょ、私と同じ指輪着けてなにがしたいのこの王子。


 ……これ、婚約者候補全員に買ってあげてるのかな。

 金持ちなんだな、ステファン殿下。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る