私の貴族生活はまだ始まったばかりなのです。


 ステフの友人が是非挨拶をさせてほしいと言うから良かったら会ってあげてと頼まれたので、彼の通う大学にお邪魔すると上流階級の学生達が集まるサロンに案内された。

 この大学は、身分に関係なく国中の優秀な若者たちが集まる最高学府なのだそうだが、身分による区別は明確化されているようである。


 大学内に女性の姿はあるものの、その数は少ない。そのせいか私は目立っていた。

 それはそうだろう。王子殿下と一緒に歩いているのだもの。運命の花嫁選びの件は国民の知るところだろうし、みんな興味しんしんなのだろう。私はせめてステフが恥をかかぬよう振る舞うことにつとめた。



 待ち合わせの席にはひとりの男性とその隣に同年代の女性が座っていた。彼らはステフと共にやってきた私の姿に気づくと席を立って礼をしてきた。


「待たせたかな、クレイブ」

「いいえ、僕たちが早く来すぎただけです」


 王子殿下の友人はどんな人なのだろうと想像していたけど、その人は個人的に親近感が湧く純朴さがあった。

 寄宿学校時代からの付き合いで特別親しいのだというクレイブさん。トーマス男爵家の三男だ。そして側にいる女性は婚約者のポリーナさん。彼女のお父上は外相の側近なのだそうだ。


 ステフは平民であった私と親しくしていたので、いまさら身分違いの友情に疑問は抱かなかった。むしろそういうところは彼らしいなと思う。

 彼は寄宿学校時代に人脈をあちこちに張り巡らせていたと言っていた。自分が信用できる人で固めて自分の立場を強固なものにさせたという。それには身分の高い人から平民まで幅広い人材を揃えたらしい。

 お互いの利害が一致する人、信用するに値する人、心許せる人。

 クレイブさんと話すステフの表情は柔らかい。おそらく彼にとって、目の前の友人は心許せる相手の一人なのだろうと私は感じていた。


 クレイブさんも元は平民身分だった。数年前にお父様が叙爵した新興貴族なんだとか。王侯貴族身分の子息が通う寄宿学校では、クレイブさんのような下位の新興貴族は立場が弱くて、同じ貴族として扱ってもらえないのだという。

 まるで使用人のように扱われ、他の貴族子息らに侮られてパシられることが多かった彼をステフが庇うことも多く、自然と親しくなったとか。

 ……きっとステフは黙って見ていられなかったんだろうなと勝手に予想する。


「レオーネ様のお姿は花嫁候補お披露目パーティでお見かけして……本当にお美しい方で驚きました。殿下の初恋の君のお話はかねがねお伺いしておりましたが、運命の花嫁として選出されるとはまさに運命ですね。婚約者内定本当におめでとうございます」

「ありがとうございます」


 口に出されると恥ずかしいんだけど、真実だから私もなにも言うまい。いや、本当この国の人って王族が占いで結婚相手決めるのに疑問を何一つ抱かないんだね。


「ところで挙式はいつ頃のご予定で?」

「私としては明日にでも式を挙げたいけれど、いろいろ準備やしきたりがあるからね、当分先のことだよ」


 結婚式の準備は着々と進んでいるけど、そこは王族の結婚式。準備にめちゃくちゃ時間がかかる。せめて来年には結婚したいとステフは言うけど、それが間に合うかどうか。

 挙式用の衣装は注文済みだし、結婚指輪も製作中。後は細々した結婚式の段取りとか日程を予定とすり合わせて設定しないといけない。国内外の王侯貴族や国民にも周知されて、大々的に執り行われる予定なので、手抜きは一切できないそうだ。


「左様ですか。叙爵はその後になるのでしょうか?」

「ヴァイスミュラー公から徐々に公務を引き継いでいるから、もしかしたら前倒しで叙爵の方が先になるかもしれない」


 現ヴァイスミュラー公はご高齢だ。病気をしているとかそういうわけじゃないけど、公爵領という広大な領地を運営しながら貴族の義務をこなすのが辛いお歳なので、段階的にステフに仕事を引き継いでいるのだ。

 結婚に叙爵に、学業に事業に公務にと大忙しな彼の身体が心配になるが、彼は至って元気だ。過去の身体が弱かった彼を思い出すと不安になることもあるが、そこは私が気にしてあげなきゃいけないな。


 挨拶を済ませていくつか会話をした後、男性陣で話が盛り上がりはじめた。そこに口を挟むほど政治に明るいわけじゃないので私は聞き役に回った。


「ところで殿下、先日ご相談に乗っていただいた件なのですが……」

「あぁ、王都に開く事業所のことかい?」


 クレイブさんはステフと同じく個人事業をおこそうとしてるとかで、ここ最近何かとステフに相談に乗ってもらってるらしい。なにやら小難しい話を始めてしまい、難解な単語の数々を前にして相槌も打てなくなってしまった。起業の際に提出する書類とか税金とかそんな話をしている。


 貴族の次男以下は悲しい話スペア扱いだ。手に職をつけるか、どこかに仕えるかなどして安定した進路を決めなくてはかなり悲惨らしい。だからクレイブさんは学生のうちから将来のために動いているのだという。まぁそれは家業がない平民も同じことだろうけど。


 ステフのように公爵家へ養子に入って叙爵できるのは余程恵まれている立場じゃなきゃありえない。

 もちろん彼が努力した結果を認めてもらえたから、ヴァイスミュラー公爵家への養子の話が持ちかけられたのだ。彼の実力なしでは叶わなかったことだ。きらびやかな王侯貴族の世界はなかなか厳しく現実的な面もあるのだ。


 ステフがクレイブさんとちょっと事業設立時の参考になる本を借りるために大学構内の図書館に行ってくると言うので、私はそのままサロンで待機することになった。彼らはすぐに戻って来ると言っていたし、待つのは一人だけではない。ポリーナさんも一緒の席に座って待っている。


 目の前には今日知り合ったばかりの同じ年頃のご令嬢。

 令嬢の友達がまだ出来ていない私は少し人見知りしていた。これまでこの国の令嬢からは嫌みを飛ばされたり暴力を振るわれたりと散々な扱いを受けてきたので、私がなにか発言することでポリーナさんの気分を害してしまわないかと躊躇ってしまったのだ。


「レオーネ様のお母様のお話は知ってますわ、好きな人に嫁ぐために何もかも捨てた情熱的な人だとお伺いしています」


 ご令嬢とどんな話したらいいのかなと迷っていると、対面の席に座っていたポリーナさんが話しかけてきたので私はビクッとした。突然お母さんの話題を持ちかけられたからだ。

 いいように言えばドラマティックなお話だけど、みんなが好意的な反応をする訳じゃない。今でもお母さんのことをよく思っていない人がいるのを知っていた私は敏感に反応してしまった。 


「…えぇ、まぁ」


 私には返事を濁すことしかやり過ごす方法が思いつかない。

 貴族からしてみたら貴い血を裏切った者の娘だからね。その辺しがらみがあるみたいなんだ。

 だけど私の警戒とはうらはらに目の前のポリーナさんは両手を合わせてうっとりした表情で夢見心地だった。


「こんなにお美しい娘様がいらっしゃるとは思いませんでしたわ。それに幼い頃出会った初恋同士のお二人が運命の相手として選ばれるなんてなんて素敵なんでしょう」


 私とステフの恋物語は乙女視点からするとうらやましいものみたいだ。

 平民の娘が王子様に見初められる……って童話にありそうだものね。まさか自分がそんな体験するとは夢にまで見なかったけど。


「指につけられているのはお揃いの婚約指輪ですよね? プロポーズはもう受けられたのですか?」

「はい、婚約内定する前に、個人的にプロポーズして頂きました。指輪はその時に」

「いいですわねぇ、うらやましいですわ。私達は親同士が決めた幼馴染同士の婚約ですから……」


 ポリーナさんは脱力するようにため息を吐いていた。

 幼馴染で慣れ親しんだ間柄のため、気配りがされないと言いたいんだろうな。そういうのは人の性格によるから難しい問題だよね。


 今回の対面の場に出向くまで地味に緊張していたけど、2人の私を見る目は好意的でほっとした。ステフの友達がみんな私に好意的とは限らないので悪意を向けられる可能性も考えていたのだ。


 花嫁候補時代とか、パーティとかで知り合った貴族のお姫様達は攻撃的な人ばかりだったのでちょっと怖かったけど、全員が敵対心ばりばりってわけじゃないよね。

 誰も彼もが悪意を向けて来るわけじゃないよね。


 そう思っていた私だったが、そんなことなかったと思い直すのに時間はかからなかった。



「──君がステファン殿下の運命の花嫁に選ばれた平民上がりか」


 それは不躾にも斜め横の1人掛けソファに断りもなく座ってきた人物の発言だ。

 棘のある言い方に私は怪訝な視線を向ける。そこには見知らぬ男性が足を組んで座っていた。

 見るからに高慢そうなその人はあからさまに品定めしてきた。嫌な目である。対面の席に座っているポリーナさんも男性を見て不快そうに顔をしかめていた。


 他にも席があるのに、なぜここに座る。伺いもせずに失礼が過ぎないか。


 あまりにも顔を凝視されるものだから、私は持っていた扇子で顔半分を隠した。マナーやしきたりを重視するはずの貴族の癖に無粋が過ぎる。

 なんなの、この失礼な人。

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