奇遇ですね、私の初恋の彼も体が弱い人だったんです。
「ステファン殿下より、お夕飯の席へのお誘いがございます」
その日習った科目の復習をしている私に、ヨランダさんがそう告げた。
本来であれば光栄なことなのだろうが、私は前回のこともあってそのお誘いに喜べなかった。
「えっと、私はお部屋で」
「是非に、とのことです。ですのでドレスを別のものにお召し替え致しましょう。それに髪型も整えましょうね」
私に拒否権はないらしい。
ヨランダさんの指示で複数人のメイド達に囲まれた私は揉みくちゃにされてあっという間に見た目だけ貴族のお姫様に変身したのである。
また睨まれてハブられて味気ない食事になるんだろうなぁと沈む気持ちを抱えながら渋々移動すると、前回とは違う部屋に連れて来られた。
「──遅かったな」
食堂の縦長机に比べてこじんまりとした丸い机には、すでに王子が席に着いていた。彼からギラリと睨まれた私はばっと最敬礼を取る。
「ほっ本日はお招きに預かり」
「挨拶はいい。席に着くといい」
座るように指示された席は王子の真正面。机が小さいので物理的距離も近い。……なにこれ、席が王子と私の二席しかないじゃない。
周りを見渡しても、配膳する使用人とお付きの使用人しかいない。まるで私と王子のふたりで食事を摂るみたいじゃない……
困惑した私は、強く睨んで来る王子に恐る恐る尋ねてみた。
「あの……令嬢方は?」
私の問い掛けに王子の整った眉がぴくりと動く。王子の一挙一動に過敏になっている私はビクッとした。
いやだってさぁ、毎晩令嬢達とお夕飯食べていたでしょ? それなのに今日は別室でふたりきりだからなにがあったのか気になるじゃないの。
「彼女達のみで食事の席を用意させた。レディ同士の方が話が盛り上がるだろうからな」
そうかなぁ。別に仲が良さそうって訳じゃなさそうだったけど。
もしかしてこの間の夕食の時、私がハブられてたから気を遣ってくれたんだろうか。
私が席に着くと、王子は視線で使用人達に何かを指示する。それを皮切りに料理が続々と運ばれてきた。
しかし私は緊張で空腹じゃなくなっていたため、美味しそうな料理を前にしても食欲なんか湧くはずもなく。この時間が何事もなく平穏に終わることを願っていた。
王子と親しい訳じゃないので雑談することもない。下手なことを言って不快を買いたくない。なので私はおとなしく食事をする。
彼から睨まれてるのはわかるので、なるべく王子の方は見ないようにして。
「──好きなものは」
空耳かと思った。
何事かと顔をあげると、真剣な顔で王子がこっちを凝視しており、もう一度「君の好きな食べ物はなんだ」と問い掛けてきた。
ちょっと拍子抜けしたが、王子なりに気を遣っているのかもしれない。これを無視するには行くまい。私は質問の答えについて少し考えてみた。
「……母国で人気の揚げ菓子が好きでした。あまり食べると太っちゃうから頻繁には食べられなったけど、たまにご褒美で」
小麦粉を練ったものを油で揚げた後にシナモンシュガーとか糖蜜ナッツとかお好みのフレーバーをかけてもらえるんだ。王宮で出てくるお菓子のほうがよほどおいしいと思うけど、庶民達には馴染みのあるお菓子なんだ。
「……あ、でも貴いご身分であらせられる殿下が召し上がるようなものじゃなくて、丸かじりして食べる庶民向けの食べ物なので…」
…と言葉を切ると、私は膝の上に敷いたナプキンをにぎりしめた。
じぃっ……と見られている。こっちを凝視している……!
「えぇと、ブロムステッド男爵家の皆様はお好きな味みたいですけどね? 伯父が個人名義で出資して隣国の店舗の名前を借りて、支店をブロムステット男爵領に作ったくらいですから……」
そうそう、いつのまにか支店ができていたんだよ。この国ではその店舗の支店はブロムステッド領にしかない。そのため、評判を聞き付けてお菓子のためだけにわざわざやってくる人もいるんだ。かなり繁盛しているらしい。
私の話を黙って聞いている王子の視線が痛かったので、最後に補足として「そのおかげで伯父の体重が増えた」と付け加えると彼は微かに笑った。
「そうか、男爵領に立ち寄る機会がある時に探してみる」
王子の笑顔を初めて見た気がする。そんな顔で笑うんだ……ちょっとドキッとしてしまったぞ。いつもそんな風に優しく笑ってくれたら良いのになぁ。
「……殿下は、なにがお好きなんですか?」
聞かれっぱなしで終えるのは失礼なので逆に聞き返すと、王子は返答に少し迷いを見せる。視線をさまよわせて眉をひそめていたが、意を決したように口を開いた。
「子供っぽいと言われるかもしれないが……ホットチョコレートか好きなんだ」
意外な返答に私は目を丸くした。
勝手な偏見で、甘いものはそんなに好きそうじゃないと思っていた。この間の王太后様とのお茶会の時、お菓子に一切手を付けなかったし。
「意外です」
私が正直な感想を述べると、王子は私の顔をまじまじ観察して、そしてどこか諦めたような寂しそうな表情を浮かべていた。
「幼い頃、私は体があまり丈夫じゃなくて、一時期親元から離れて地方へ療養しに行っていたんだ」
その話は聞いたことがあるぞ。持病が悪化したから1年かそこらの間空気の綺麗な田舎で過ごしていたんだったよね。
「苦い薬を飲むのが嫌で、渋っていた私に口直しとして用意してくれた女の子が居て……。私が発作を起こす度にあちこち駆け回ってくれた優しい女の子だった」
王子は思い出に浸って頬を緩めていた。
その笑顔は甘く、思い出の中の女の子を思い出して懐かしんでいるようだった。
もしかして、その子が王子の初恋の女の子だったりする? この王子も恋をすることがあるんだね……今日は王子の色んな表情を何度も目撃しているような気がする。
「そうなんですね……その方が初恋の君だったりします?」
なんか今の王子なら少し踏み込んだ質問しても怒らなそう。そんな軽い気持ちで質問すると、王子はふっと真顔になった。
なぜかちらりと私の顔色を伺ってくる。私が彼の視線に戸惑って困惑して見せると、王子は落胆したように「そうだ」と頷いた。
叶わない初恋に落ち込んでしまったんだろうか。幼い頃の初恋だよね? 意外と一途なんだね王子は。
それにしても、なんか今の話……いや、気のせいか。
「お身体はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ、呼吸器が弱かったが徐々に回復した。身体を鍛えるようになって肺も強くなったみたいだ」
「それならよかったですね」
そういえば、私の思い出の彼も体が弱くて療養所にいたんだったな。ずっと幼い頃から引きこもって、発作に怯える毎日を送っていたとかで、出会った当初はとても細くて顔色は青白く、今にも天に召されそうに儚かった印象がある。
彼も苦い薬を嫌がっていた。私は病気で苦しむ彼が死んでしまうのが怖くて、有無を言わさず無理矢理飲ませていたよなぁ……。
身体が弱かったそんな彼も、徐々に発作の回数が減っていき、私の滞在最終期間には私とあちこち駆け回るようになったんだ。
──きっと、彼も今では身体が丈夫になっていることだろう。
おぼろげな記憶を思い出して懐かしい気持ちになった私は、ふふふと小さく笑った。そんな私を王子はなんとも言えない顔で見つめていた。からかわれていると思われちゃっただろうか。
「すみません、私も初恋の彼のことを思い出しちゃってつい」
王子と意外な共通点が見つかって少し親近感が湧いた気がする。
食事を終えると、部屋まで王子が送ってくれた。ヨランダさんがいるから平気なのに、変なところ紳士である。
「今晩はありがとうございました」
「あぁ……おやすみ、レオーネ」
部屋の前まで送り届けてくれた王子は、夜だからかなんだかいつもと雰囲気が異なって見えた。私を静かな瞳で見下ろし、何か言いたそうにしていた。
どうしてそんなに名残惜しそうな顔をするのだろう。いつもは好き勝手に睨んで来るのに。
いつもとは違う彼に私は調子が狂いそうだった。
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