突然家にやってきたサキュバスちゃんが未経験でウブな女子だった件

明石龍之介

第1話 責任とってくださいね

 今日、街で可愛い女の子と出会った。


 出会った、といっても偶然ぶつかった程度のこと、なんだけど。


 今日は学校が休みで一人でショッピングモールをぶらぶらしている時、人混みから飛び出してきたその子と俺はごっつんこ。


 互いに尻餅をついた後、立ち上がると目が合った。

 見ると、大きな瞳がキラキラと輝く美少女だった。


 年はおそらく同じくらいか少し年下。

 少し小柄で童顔だったが、とても整った顔をしていた。

 美人というか可愛いというか、不思議な魅力にあふれた子だなと、少し見ただけで彼女に魅了されていた。


 ただ、ぶつかったことを謝ろうとすると向こうはささっと目を逸らして、何かぶつぶつ言いながら去っていった。


 だから出会った、というほどの話でもなかったのだけど。


「でも、可愛かったなあ」


 なぜか、その子のことがずっと頭から離れず。

 出かけてる間もずっと、どこかに彼女がいないか目で追っていた。


 でも、そううまい話もなく。

 結局その子がどこの誰かもわからないまま、日が暮れそうになって俺は家に帰ることにした。


「ただいま」


 三笠宗次みかさそうじ、高校二年生。


 可もなく不可もなくを自称する、平凡な学生の俺は現在一人暮らし。

 元々地元に愛着があったわけでも友人が多かったわけでもなく、うちの両親は早くから自立するために一人暮らしを推奨していたので、隣の市にある少し離れた学校を受験し、合格。


 築三十年、六畳一間のボロアパートを借りてもらってそこから学校に通っている。

 セキュリティもなにもないが、田舎で治安のいい場所だから全然気にならない。

 

 泥棒とか不審者なんて話も、聞いたこともない。

 近隣も静かで、いい場所だ。


「はあ……でも、ほんとかわいかったなあ。どこの学校だろ」


 この辺りは公立高校もいくつかあるし私立もある。

 せめて平日で制服姿だったら、どこの学校かくらいわかるんだろうけど。

 名前も知らない子のことを調べるには、俺は友達も少なすぎるし。


「また、会えないかなあ」


 なんてこぼしながら、さっき帰りにコンビニで買ったアイスを冷蔵庫に入れていると。


『コンコン』


 扉をノックする音がした。


「はい?」


 なんだろうと、何気なく無警戒に玄関を開ける。


 すると、


「あ、先ほどはどうも」

「……え、なんで!?」


 昼間、ショッピングモールでぶつかったその子が立っていた。


「あの、すみません急に押し掛けてしまって」

「い、いや、なんでここに?」

「ええと、あなたの後をつけてきました」

「俺の?」

「せ、正確にはちょっと違うというか、匂いを嗅いで……ええと、とにかくあなたに会いに、ここにきました」


 と。

 小柄な美少女が頬を真っ赤にして、言う。

 可愛すぎて卒倒しそうだ。

 肩口まで伸びた黒髪は艶々していて、大きな切長の目はキラキラと潤んでいる。

 俺に会いにきたって……。


「そ、それってもしかして」

「はい、あなたにお願いしたいことがあって」

「お願い……」


 そう言いながら一段と照れる彼女を見て、何の根拠もないのに、これは運命だと確信している童貞丸出しな自分がいた。

 

 偶然街でぶつかっただけの可愛い女の子が俺を追いかけて家にまで押しかけてくるという夢のような展開に、妄想が暴走する。


 この後されるお願いとは?

 告白? それとももっとすごい何か?


 なんにせよ、期待せずにはいられない。


「ごくっ……ええと、とりあえず立ち話もなんだから部屋、入る?」

「いいんですか? それじゃ、お邪魔します」

「……まじか」


 人生で初めて、女の子が部屋にやってきた。

 玄関先で靴を脱ごうと彼女が少し俯くと、弛んだシャツから胸元が勝手に覗く。

 そして再び顔を上げた彼女は不思議そうに「なんですか?」と。

 慌てて目を逸らしたが、彼女の表情に俺を警戒している様子はない。

 

 これ、もしかしてお持ち帰れたやつ?

 いや、勝手に向こうから来ただけだけど。

 でも、さっき会ったばかりの男の部屋にあがってくるなんて、顔に似合わず積極的な子だ。


 玄関から狭い廊下を抜けて奥の部屋へ案内すると、彼女は「わあ、いい部屋ですね」とはしゃぐ。

 その反応を見て、俺は再び確信する。

 

 これ、いけるやつだ。

 何がどうなってこんなかわいい子がうちにやってきたのかはさっぱりわからんが、とにかくいけるやつだ。

 この際、なんで彼女がここにいるかなんて理由はどうでもいい。

 いくらそういう経験のない俺だってわかる。

 据え膳だ。

 食わねば男の恥ってやつだ。


「あ、あの、よかったら座ってて」

「はい、ありがとうございます」

「……」


 ただ、こういう時に焦ってはダメ。

 急いては事を仕損じるとはよく言ったものだ。


 落ち着け。

 時間はまだたっぷりあるんだ。


「お茶、どうぞ」

「あ、どうも」

「……」


 見れば見るほど可愛い。

 俺が出したお茶を遠慮気味に飲む仕草も、飲み終わったあとに一息つく様子も可愛い。

 めっちゃタイプだ。

 どこの誰かも知らないけど、どうでもよくなるくらい可愛い。


「……いや、こんなうまい話があるのか?」

「あの、どうかしました?」

「い、いや。ええと、君って、高校生?」


 とはいえ、どこの誰かもわからないのはさすがに不安にはなる。

 新手の詐欺か、美人局の可能性だってある。

 最も、俺なんかを騙しても金なんてないし、陥れても誰も得することなんてないのでその可能性は低いと思うけど。


 少し警戒するように質問すると、彼女は「今年十六歳になりました」と。


「同い年じゃん、それだったら。どこの学校?」

「あの、ちなみにどこの学校ですか?」

「俺? 俺は常盤台東だけど」

「そうですか。ふむふむ」

「あの、君は?」

「私は……あ、それよりお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」

「う、うん」


 学校のこと、言いたくないのだろうか?

 そう思うと、なんか不信感がちょっと芽生えた。

 素性を隠されるってことは、何かある。 

 ただ、何があるのかはさっぱり。

 とりあえず彼女の話を聞く。


「ええと……さっきぶつかりましたよね」

「う、うん。ごめん、前見てなくて」

「いえ、お互い様なので。でも、その時私の体、触りましたよね?」

「そ、そうだった? びっくりして覚えてないけど」

「いえ、触りました。ええと、あなたの右手が、私の胸にちょっと」

「そ、それはごめん。でも、覚えてないから」


 言われてみると、ぶつかった時にやけに柔らかい感触があったような気がしたが、あれの正体がまさかの胸だったとは。

 ああ、惜しいことをしたもんだ。

 あの大きな胸に触ったのならもっとしっかりと……じゃなくて。


 なんか話の雲行きが怪しくないか?


「私は覚えてます。男の人に触られたの、初めてで」

「だ、だったら何か」

「……触れた責任、とってくれますか?」

「せき、にん?」

「はい。人の体に触っておいて、タダってわけにはいかないですよね? ええと、対価というか、お返しというか……」

「対価……」


 その言葉を聞いてピンとくる。

 これ、詐欺だ。

 意図的にぶつかってきておいて、あとで触られたとか難癖つけてお金をせびる系のやつだ。

 ああ、なんだそういうことか。

 おかしいと思ったんだよなあ、こんなかわいい子が急に押し掛けてくるなんて。

 

 はあ……なんか一気に萎えたなあ。

 それに、この後怖いお兄さんが出てくるんだろうか。

 終わったなあ。俺、人生詰んだわ。


「はあ……」

「あの、どうしてため息を?」

「いや、どうせお金でしょ? でも、あいにく俺、金ないから。それに親を脅しても無駄だと思うし」

「お金? いえ、私はお金を欲しいとは一言も」

「違うの? だったら俺を警察に突き出して日頃のうっ憤を晴らすとか?」

「あなたを警察に引き渡すと私にどういうメリットが?」

「……え、なんなのお願いって?」


 勝手に詐欺だと確信して落ち込んでいたが、話しているとどうやらそれも違う様子。

 だったらますますわからない。

 一体この子は、俺に何をしてほしいんだ?


「あの、引かないでくださいね?」

「いや、そんな内容なの?」

「……」


 最高潮に顔を赤くして、彼女はうつむいてしまう。

 よほど恥ずかしいお願いなのか。

 だとすればそれってどういうお願いだ?


 ……もしかして、やっぱり告白されるとか?

 一目惚れしましたとか、今日泊めてほしいとか。

 いや、ありえる。

 ついさっき、ちょっとがっかりさせられてしまったがまた期待が胸を圧迫していく。


 そして、ドクンドクンと高鳴る心臓を抑えようと大きく呼吸する俺に対して。


 ようやく顔を上げた彼女が言う。


「あの……あなたの汗でいいので、舐めさせてください!」

「……へ?」


 汗?

 舐める?

 いや、何の話?


「だ、ダメですか!? こ、これでもかなり譲歩してるつもりなんですけど」

「そ、そんなこと急に言われて『はいどうぞ』ってやついないでしょ!」

「じゃ、じゃあ使用済みティッシュだったらくれますか?」

「もっとダメだろ! え、何なの君?」


 変態なのか?

 いや、変態にしても限度があるだろこれ。


「そ、それじゃ私はどうしたら……」

「あ、あのー?」

「え、もしかして考えなおしてくれました?」

「目が怖いって! え、ほんとなんなの君?」

 

 目を血走らせて俺に迫ってくるその子は、俺が再び拒否するとがっかりと肩を落とす。


「はあ……やっぱりだめですよね」

「……あの、君は一体?」

「私ですか? ええと、サキュバスです」

「ああ、サキュバスね。サキュバスってたしか……サキュバス!?」

「はい、だからあなたの体液がどうしても欲しくて」

「さ、サキュバス……」


 サキュバスが何かについては、ある程度の知識はあった。

 

 淫魔。

 寝ている間に男の精液を搾り取るというあのエロい悪魔だってことくらいは知ってるけど。

 この子が? え、うそでしょ?


「疑ってます? 私、ちゃんとサキュバスの姿になれるんですよ」

「へ、へえ。それじゃなってみてよ」

「待っててくださいねー。うーん、えいっ!」

「……え」

「ど、どうですか? ほら、尻尾も羽もちゃんと……きゃーっ! 服脱げるんだった! み、見ないで!」

「ぶふぉっ」


 眼前には、確かに蝙蝠っぽい羽根や尻尾の生えた、しかも生まれたままの姿の可愛い女の子の姿があった。

 そしてそんな幸せな光景を目にしたのもつかの間、いきなり感じた顎への痛みと共に俺は、宙を舞っていた。


 ああ、なんかこれで死ぬにしても最後にいいものを見た、気がする。


 結局男なんて浅はかな生き物だと。

 そう実感しながら、意識が遠くなっていった。

 

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