第3話 昨晩はどうもです

 サキュバスは無差別に性行為を通じて人を襲う。

 基本的にはそう語られる、いわゆる悪魔と呼ばれる架空の存在である。


 しかし、目の前にいる現実のサキュバスは違うようだ。

 今、とんでもないことを言いやがった。


「恋? 俺に? 君が?」

「そ、それだったら私は好きな人とエッチすることになるから、ええと、なんら問題はないのかなって」

「い、いやいやだけどどうやって?」

「それは、うーん……で、デートとか?」

「デート……」

「ほ、ほら、付き合う前の男女って一緒に買い物行ったりご飯食べたりして、お互いのことを知っていって交際に至るんですよね? だったらそうやって私たちもお互いのことを知っていけばもしかしたら」

「で、でもそれで君が俺を好きにならなかったら?」

「そ、そうならないように努力してください! あと、あなたも私のことを好きになってもらわないとダメですからね」

「な、なんで?」

「わ、私のことを好きでもない体目的の男に抱かれるのなんて嫌です! ちゃんと愛して、愛されて初めてそういうことをするんです!」

「は、はあ……」


 古風というか、いやはや正しいし真面目だとは思うけど今時じゃないお堅い考えをした悪魔だ。

 

「あの、そういうことなのでデート、しませんか?」

「今から? いや、だけどもう夜だから」

「あ、そうですね。それじゃ明日から、私たちが両思いになれるようにデートしましょ」

「しましょって……俺でいいの?」

「あなたじゃないとダメです。私、何人もの男の人に体を触らせるような趣味ありませんから」

「そ、そう。まあ、君がそれでいいなら、まあ」

「じゃあ決まりですね。あの、お名前いいですか?」

「み、三笠宗次、だけど」

「ふむふむ。ちなみに私は羽崎すみれっていいます。すーみんって呼んでください」

「す、すーみん?」

「はい。それじゃまた明日」


 少し晴れやかな顔をして、彼女はさっさと部屋を出て行った。


 そして、さっきまで騒がしかった部屋が急に静かになった。


「サキュバス……羽崎……すーみん?」


 怒涛の展開に頭が追い付かず。

 少し呆けていると、掌に違和感を覚える。


「……今日は洗わないでおこうかな」


 さっき彼女に舐められた手。

 まだ、少し湿っぽくて。

 でも、あんなかわいい子に初めて触られた手を、俺は洗ってしまうのが惜しいとか、そういう気持ち悪いことを考えてしまっていた。


 そして、そんな自分が嫌になってそのままベッドに。

 なんか、体もだるくなってきた。

 他人とあんなに会話したのが久しぶりすぎて疲れたのかもしれない。


「ふああ……シャワーは朝にしよ……」


 そのまま、眠りについた。

 どういうわけか、この日は死んだようにぐっすりと眠れた。


 そして翌朝。


「……だーっ! 遅刻だ!」


 ぐっすり眠りすぎて、目が覚めたら始業三分前。


 制服に着替えながらシャワーも浴びることなくそのまま部屋を飛び出した。


「はあ、はあ……くそっ、寝坊なんて初めてだ」


 走りながら、学校の校舎が見えてきたところで同時に始業のチャイムも聞こえる。

 もう十分に遅刻なのだが、開き直って怒られるより必死に間に合わそうとしている姿勢くらいは見せようとがむしゃらに走って静かなグラウンドを駆けていき、教室へ。


 で、扉を開けると。


「おい三笠、遅刻だぞ」

「す、すみません先生……ん?」

「ちょうど転校生の紹介をしていたところだ。ほら、早く席につけ」

「……んん?」

 

 教壇からこっちを見る先生の隣に、見たことのある女の子が立っていた。

 そして男子は皆、その子にくぎ付けの様子で遅刻してきた俺になんか見向きもしない。

 女子も女子で、愛くるしい姿のその子にメロメロな様子。

 

 で、その子は俺を見て笑う。


「えへへ、昨晩ぶりですね、宗次君」

「……え、なんで君がここに?」


 羽崎すみれ。

 すーみん。

 サキュバス。

 昨日俺のところにやってきた悪魔が、制服姿でそこにいた。


「おい三笠、その子と知り合いか?」

「昨晩ってどういうことだよ? おい、答えろ」

「羽崎さんに手出したらぶっ殺すぞ」


 で、男子から怒声が飛ぶ。

 俺は怖くなって逃げるように席へ向かうと、なぜか羽崎さんも俺の後をひょこひょことついてくる。


「な、なんでついてくるの?」

「え、だって私の席、宗次君の後ろですから」

「うそん?」


 一番後ろの一番奥の窓際の席。

 ここが俺の定位置なのだけどそのさらに後ろにもう一つ席が増えていた。

 俺の後ろに、羽崎さんが座る。


「ふふっ、早く両思いになれるように転校してきちゃいました」


 後ろの席で、俺にだけ聞こえるようにそう呟く。

 でも、俺は振り向かない。

 正確には振り向けなかった。

 なぜかって? だって、クラス中の男子が俺のこと睨んでるんだもん……。


「……とにかく細かい話はあとにして。胃が痛い」

「え、大丈夫ですか? 保健室行きます?」

「いや、いいよ別に。今はお願いだから静かにしてて……」

「そ、そうですか……あ、なんか私も体調悪くなってきました……」

「いや、なんで?」

「多分体液を呑んでないから……あ、あの、舐めさせてください」

「いや、教室では無理だって」

「ちょ、ちょっとだけ……手、こそっと後ろに回してください」

「ったく……ほら、これでいいか?」

「ありがとうございます。ぺろぺろ」

「ひゃっ」


 見えないところで指先がぺろりと舐められる感触に、思わず変な声が出た。

 で、空気を読めない先生から「三笠、早速転校生と仲良くするのはいいが休み時間になってからにしろよ」といじられる。


 で、男子たちからの反感を買ってにらまれる。

 後ろの席からは「ふう、おいしい」と羽崎さんが声を漏らす。


 ……どうなるんだろう、これから。

 

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