第4話 特別なんだから
「宗次君、ちょっといいですか?」
休み時間。
後ろの席の羽崎さんが俺に声をかける。
「な、なに?」
「なんでそんなに避けるんですか? 昨日、好き同士になれるように努力しましょうって言いましたよね?」
「い、いや言ったけどそれはデートをするって話で」
「でも、学校でも一緒にいて仲良くしてる方が早く好きになれると思いませんか? 今みたいに冷たくされるとちょっと悲しいです」
「……ごめん」
別に避けるつもりはなかったんだけど。
羽崎さんは誰から見ても可愛くて、転校初日から皆の注目の的であって。
そんな子と俺みたいなのが仲良くしてたらそりゃ目立つというか。
で、俺は基本的に目立つことに慣れてない。
ただでさえ陽キャラとは言えない性格な上に、見た目も凡。
それに加えて地元でもないこの学校の空気は完全アウェイ。
白い目で見られたくないんだよなあ。
「じゃあ、反省してます?」
「まあ……だけど、あんまりみんなの前で話すのは避けてほしいかも」
「どうしてです?」
「いや、あんまり目立ちたくないんだよ俺」
「?」
「色々あるの、俺にも。ええと、そういえばラインとかしてないの?」
「私、携帯持ってないんです」
「え、そうなの……うーん、困ったな」
ラインならこっそりメッセージのやりとりができるかと思ったけど、今時携帯持ってない高校生とかいるんだな。
まあ、悪魔だし。
サキュバスだし。
「と、とにかく俺、トイレ行くから」
こうやって話してる間も、皆の視線が痛かった。
なので逃げた。
そっけなくするなと言われたばかりだったが、俺は空気に耐え切れず教室を飛び出した。
「はあ……」
トイレの洗面台でため息をつく。
ほんと、どうなっちゃうんだろ俺。
昨日までは可もなく不可もない、平々凡々とした日々だったというのに。
別に友達がいないことにも慣れてるし、彼女とかだってそりゃ欲しいと思わないわけじゃないけど半ば諦めてたし。
それに、もし俺なんかを好きになってくれる子がいたとしても、それは多分控えめで目立たなくて、俺に似た日陰にいるタイプの子と偶然意気投合してってくらいしか可能性ないって思ってたから。
あんな誰から見ても可愛い子と仲良くなんて、予想外のレベルを超えてる。
ていうかそもそも人じゃないし。
悪魔だし。
俺の精液狙ってるだけだし。
「……なんか、そう思うと複雑だなあ」
好きになってほしい。
好きって思わせてほしい。
こんな発言も全部、俺に興味があるんじゃなくて俺の精液目的だと思うと喜べない。
仮に好きになってそういうことをしても、満足したらバイバイされるんじゃないかとか、色々考えて勝手にまた落ち込む。
「はあ……戻ろう」
ただ、こんなところで勝手に拗ねてるわけにもいかず教室に戻ると、彼女の周りには多くの生徒が群がっていた。
「羽崎さん、家どの辺?」
「ねえねえ、部活は何入るの?」
「すみれちゃん、今度女子でカラオケいこ。そういえば彼氏とかいるの?」
「あ、聞きたい聞きたい! いないならさ、俺たちと遊ぼうよ」
大人気だ。
まあ、あれだけ可愛い子なら男女問わずお近づきになりたい連中も多いよな。
ただ、俺の席の近くで騒がないでほしい。
にぎわう後ろの席を横目にひっそりと座る。
で、会話を聞かないように本を開く。
が、そんな時にまあまあ大きな声で羽崎さんがしゃべる。
「あの……私は今宗次君狙いなので!」
その瞬間、賑わう教室が一瞬で凍り付いた。
俺も、凍り付いた。
「……ばかやろう」
そう呟いて寝たふりをする俺だけど、目をつぶっていても異様な空気感とこっちに向けられる視線はなんとなく感じる。
皆が皆、俺の方を黙ってみている空気。
見ているというか、睨んでいる。
あんな陰キャのよそ者がなんでこんなかわいい子と? って言いたい雰囲気がひしひし伝わってくる。
こんな空気の中であと何分か過ごしたら胃に穴が開いてしまう。
なんて思っていたら天の恵みか、チャイムが鳴って休み時間が終わる。
先生が入ってくると皆が渋々席について行き、教科書をかったるい感じに取り出している。
こんな休み時間を毎時間ごとに過ごさないといけないのかと思うと気が重い。
ほんと、早くこの後ろの席のサキュバスをなんとかしないとなあ……。
◇
「宗次君、宗次君」
次の休み時間はさっきの反省を活かしてさっさと教室から逃げようとしたのだが、席を立ったところで服を掴まれて羽崎さんに捕まった。
「な、なに?」
「ねえ、絶対避けてますよね? 私と喋るのがそんなに嫌ですか?」
「だからそうじゃなくって……んー、ここじゃあれだしちょっといい?」
「はい。ちょうど私もお話があったので」
「う、うん」
不機嫌そうな羽崎さんと一緒に教室を出る。
もちろんその光景もしっかり皆に見られていたけど知ったこっちゃない。
で、少し教室から離れて校舎の奥の空き教室の前まできたところで足を止める。
「あのさ、羽崎さんは目立つの。で、俺は目立ちたくないの。だからあんまり教室で話しかけられると俺の胃がもたないんだよ」
「目立ちたくないっていうのは、恥ずかしいってことですか?」
「まあ、それもある。それに俺……いや、まあそれはいいか」
「?」
「と、とにかく仲良くしようって言ってくれることが嫌なわけじゃないから。冷たくしてるって思わせてたんなら、それはごめん」
別に嫌われたいわけじゃない。
悪魔とはいえ、こんなかわいい子が理由はどうあれ俺に好意的に接してくれてることは素直に嬉しい。
だから避けてる理由はちゃんと話しておきたくて。
そう話すと、少し羽崎さんの顔が赤くなる。
「……それって、私のこと嫌いになったわけじゃないってこと、ですよね?」
「そ、そりゃそうだよ。羽崎さん、可愛いし」
「……うん、それだったらいいです。私も、ちょっと遠慮なかったなって反省してますので」
「う、うん。なんかごめんね、転校までしてきてくれたのに」
「いえ、いいんです。それに、宗次君を早く好きになるには、やっぱり宗次君のことをずっと見てる方がいいかなって」
「羽崎さん……」
とても純粋な目で俺を見ながら話す羽崎さんは、多分真剣に俺と向き合おうとしてくれているのだろう。
だというのに俺は……うん、いくら彼女がサキュバスで、目的が俺の精液だったとしても、今は俺を知ろうと頑張ってくれてるんだ。
俺もちゃんと……。
「あの、宗次君」
「な、なに?」
「舐めたい……」
「……え?」
「あ、あの、舐めたいって言ってもそれは汗の話ですからね! け、決して卑猥な意味じゃないですから!」
「……どうぞ」
「えへへ、ありがとうございます。しつれいしまーす」
「……」
ただ、ぺろぺろと俺の手を舐めて嬉しそうにする彼女を見ていると複雑な気分が蘇ってくる。
やっぱり体目的なんだよなあ。
嬉しいような、悲しいような。
うーん、でも俺なんかがこんなかわいい子に相手してもらえるなんて、こんな理由でもないとあり得ないし。
今は余計なことは考えないようにしよう。
「あの、もういい?」
「は、はい。ふう、とても美味しいですね、宗次君って」
「そ、そうなの? ええと、誰かの汗とかって、舐めたことあるの?」
「あ、あるわけないじゃないですか! そ、そんなの変態ですよ!」
「わかってるんだ一応……」
「そ、宗次君は特別なんです! 誰にでもこんなことするって思わないでくださいね」
「そ、それって」
「私、先に戻りますね。またあとで」
「う、うん」
てててっと、教室に早足で戻っていく羽崎さんの後姿もやっぱり可愛い。
あんな子が、俺を特別って言ってくれるなんてほんと、あり得ない話だよ。
……なんかドキドキがおさまらない。
手、やっぱり洗わないでおこうかな。
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