第5話 いい子



「宗次君、宗次君」


 昼休み。

 解放感であふれる教室の中で、後ろから羽崎さんが小声で呼びかけてくる。


「な、なにか?」

「あの……お昼、よかったら一緒にどうですか?」

「え、昼飯? いや、でも」

「目立たない場所でだったら、いいんですよね?」

「ま、まあそれはそうだけど……俺、なんも持ってきてないから食堂行こうかなって思ってたし」

「あ、それなら大丈夫です。私、お弁当作ってきてますので」

「弁当? もしかして俺の分も?」

「はい。だからこっそり教室でましょ。ちょうど人がいなさそうな場所、見つけたので」


 というわけで、今度は別々に教室を出てから廊下で落ち合う。

 そのわずかの隙にも男子たちが「羽崎さん、飯食べない?」って声をかけてくるんだからその人気は相当なもの。

 ただ、まだいまいち空気の読めない彼女は「羽崎君以外の男の人はNGです!」とはっきり言ってしまって、また教室の空気がおかしくなる。


 俺は逃げるように教室を離れる。

 で、当然のように彼女はついてくる。


「あの、なんで逃げるんですか?」

「いや、ああいう発言も今後控えてほしいんだけど」

「?」

「羽崎さんが俺と仲良くしてるってだけで、俺はみんなに目つけられるの。わかる?」

「うーん、宗次君が人気者だから彼女できたらみんなが悲しむってことですか?」

「その真逆なんだよなあ」

「?」

「……まあいいや。で、どこに向かってるの?」

「あ、そうでした。こっちです」


 校舎を出たところから羽崎さんに先導してもらって、向かったのは旧校舎の裏手。

 誰も使っていない不気味な校舎のさらに裏側ともなれば、よほど用事がない限り誰もこない。

 日も当たらない、蒸し暑い日でもここだけひんやり涼しいような、そんな場所だ。

 俺も入学してすぐのころに、教室の空気になじめなくて一度来たことがある。

 

「ほんと、静かなとこだな」

「今朝、職員室から教室に向かう時に偶然通りかかって見つけたんです。人の気配がないところだなあって」

「職員室から教室に向かう時にここ、通らない気がするけど」

「……迷ったんですよ、言わないでください」


 むうっと頬を膨らませて怒った仕草を見せる羽崎さん。

 やっぱり可愛い。そういう顔、マジで可愛いんだよなあ。


「で、お弁当は?」

「あ、そうでした。ええと、お弁当頑張って作ったので食べてくださいね」


 鞄から出てきたのは青と赤の布に包まれたお弁当箱二つ。

 で、青の方を渡されて、俺は布をとってからふたを開ける。


「おお」


 白ご飯の真ん中に梅干し、そして卵焼きにウインナー、ホウレンソウやにんじんが彩り豊に並んでいる。


「どうですか? 結構早起きしたんですよ」

「おいしそうだよ。あの、早速食べてもいい?」

「はい。そこの階段に座って食べましょ」


 そばのコンクリの階段に並んで座る。

 でも、ちょっと狭い。

 肩が少し当たってる。


「……」

「どうしました?」

「あ、いや……じゃあいただきます」


 俺は彼女に肩が触れるだけでドキドキするんだけど、この子はなんてことない様子。

 やはり人間とサキュバスの違いなのだろう。

 舐められる俺はどぎまぎしても、舐めてる側の彼女は平気な顔してるし。

 ……そのくせに純情って、なんかよくわからんな。


「うん、おいしいよ。卵焼きとかふわふわだし」

「えへへ、よかったです。私、結構料理得意なんですよ」

「でも、それなら言ってくれたらよかったのに。俺が弁当持ってきてたらどうするつもりだったの?」

「あ、確かに。でも、キッチンを見る限り自炊してる感じしませんでしたし」

「まあ、その通りだから何も言えないけど」

「あの、どうですか? お弁当食べて、私の好感度、上がりました?」

「……うん」

「よかったです。明日からも私、じゃんじゃんお弁当作ってきますね」

「む、無理はしないでね。気持ちだけで嬉しいから」


 毎日お弁当を作ってくれるって……いや、それもう彼女じゃん。

 てか嫁じゃん。

 いいのかな、そんなの……。


「何か問題が?」

「そ、そうじゃなくて。なんか悪いなって」

「いえ、私も早く恋人になってあなたの、その……と、とにかく私の為でもあるので」

「う、うん。それじゃお願いします」

「……で、宗次君は?」

「え?」

「宗次君は、私を惚れさせるために何してくれるんですか?」

「な、何って……ええと、え?」

「あ、いえ、別に何かしてほしいってわけじゃないんですけど……ええと、早く宗次君のこと、好きって思いたいので」


 言いながら顔が真っ赤。

 もう、俺のこと好きなんじゃね? と聞きたくなるくらい照れてるが、まあ違うのだろう。

 でも、何をしてくれるのか、ねえ。

 確かに、ここまでは羽崎さんが俺にしてくれてばかりだ。

 羽崎さんの目的のためとはいえ、同意している以上俺だって何もしないってのは失礼だろう。


「うん、それじゃ放課後に買い物とかどう?」

「買い物ですか?」

「まあ、何かいいものを買ってあげたりはできないけどさ。例えば弁当の食材を一緒に選んだり。そういうの、楽しそうかなって」


 言いながら、童貞丸出しの発言だと自覚する。

 それ、俺が楽しいって思ってるだけじゃん。

 ウィンドウショッピングを好きでもない男として楽しいわけないだろ。

 でも、他に思いつかねえんだよ。


「……買い物、ですか」

「あ、嫌なら別にいいんだけど」

「いえ、楽しそうですね!」

「え?」

「私、ワクワクしてきました! 買い物とか一緒に行くのって、なんか恋人みたいですもんね」

「そ、そうだね。うん、それならよかった」

「えへへ、宗次君がちゃんと私のことを考えてくれてて嬉しいです。それじゃまた放課後ですね」

「う、うん」


 食べ終えると、すぐに羽崎さんは弁当箱を回収して立ち上がり先に行く。


 追いかけようとすると、「一緒に帰ったら目立っちゃいますよ?」と。

 ちょっと寂しそうにしながらそう言ってくる彼女に、どこか申し訳なくなりながらも俺は足を止めて、彼女を見送る。


 ……いい子だなあ。

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