第6話 お似合い

「宗次君、宗次君」


 放課後の解放感にはじける教室の中で、ちょんちょんと俺の背中を指でつつきながら羽崎さんが俺を呼ぶ。


「うん、放課後だね」


 ほんとようやくだ。

 でも、ここでまたあれこれ話してるとクラスの連中に目を付けられる可能性がある。

 だからさっさと羽崎さんを連れて教室を出る。


 部活動の準備が始まるグラウンドを横目に歩いていき、正門を出たところでようやく学校の息苦しい空気から解放された。


「ふう、疲れた」

「えへへ、ほんとですね。学校って長いです」

「そういえば羽崎さんは前の学校どこだったの?」


 今となればどうでもいい話だけど。

 出身もこの辺なのかなあってくらいの気持ちで聞いてみた。

 すると、


「……高校、行ってなかったんです」


 暗い表情で、そう言われた。

 まずい質問をしたと、すぐに反省する。


「ご、ごめん……言いたくないことなら別に」

「い、いえいいんです。それに、これから好きになる予定の人に隠し事はよくないですし」

「で、でも」

「私……実は」

「う、うん」


 実は前の学校でいじめられていたとか。

 家族に複雑な事情があったから高校に行けてなかったとか。

 そういう重い話を覚悟した。


 が、


「ど、どこ受けても合格しなかったんですー!」

「……え?」

「ば、ばかにしましたよね今?」

「し、してないよ。でも、それならここはどうやって?」

「お母さんが、成人になったお祝いにってことでここの先生にちょっと色々賄賂を贈っていただいてようやく……」

「あ、そう……」

「ほ、ほらバカにしてますよね? ば、ばかな女は嫌いですか?」

「そ、そんなこと言ってないじゃんか」

「じゃあ、好きですか?」

「そ、それは……」


 バカな女が好き、なんて本気で語る人はいないと思うけど。

 そういう話じゃなくて、羽崎さんは単純に可愛いから。


 だから……。


「ま、まだこれから、だから」

「そ、そうでした……すみません、ちょっと焦っちゃって」

「いや、俺こそなんかごめん。でも、うちの学校の勉強って結構難しいと思うけど大丈夫なの?」

「……何を言ってるのかさっぱりです」

「……」

「わ、私ってほんとに昔からドジでバカなんです。料理だけはなんとか覚えましたが、それ以外はからっきしで」

「まあ、得手不得手があるもんだから。よかったら勉強、教えようか?」

「いいんですか?」

「俺も復習になるし。羽崎さんが嫌じゃなければ、だけど」

「是非お願いします! 私、家庭教師されるとかワクワクします!」

「う、うん」

 

 この子がどこの学校にも受からなかったのはこの自身の問題だけど。

 でも、俺を追って自分のレベル以上の学校に入学してしまったのは、若干ではあるが責任を感じるところ。


 せめて留年しない程度には力添えしてあげたい。

 それに……


「い、一緒に勉強なんて、まるで恋人みたい、だよね」

「え、恋人?」

「あ、いや、今のなし! ごめん、調子乗りました!」


 ちょっと思ってたことが口から洩れてしまった。

 俺からすればこんなかわいい子と勉強できるなんて夢みたいな話だけど。

 彼女はそうじゃない。

 早く俺に心を開きたいって思ってくれてるけどそれはあくまで悪魔としての欲求を満たすためだ。


「(……そんなに否定しなくていいのに)」

「え、なんか言った?」

「い、いえなんでもないです! そ、それより早くスーパーへ行きましょ」

「う、うん」


 俺がいらんことを言ったせいで羽崎さんもちょっと気まずそうにしていた。

 ほんと、どこまで言っても童貞だなあ俺って。

 あくまで彼女はサキュバスで、俺は獲物でしかないってことを忘れないようにしないと。


「ええと、そういえば宗次君はどうして一人暮らしなんですか?」


 もう少しでスーパーに着くというところで羽崎さんから質問が。

 まあ、当然の疑問だろう。


「うん、地元を離れて一人暮らしをするってのがうちの教育方針でさ」

「そうなんですね。でも、おひとりだと退屈しませんか?」

「まあ、地元にいても友達いないし。それに……ううん、とにかく楽だからいいよこっちの方が」

「そう、ですか。夕食はいつもおひとりで?」

「まあ、カップ麺とかそんなのだけど。はは、こんな生活してるのバレたら親に怒られちゃうかな」


 一人暮らしをさせてもらっているのは、あくまで自立を促すため。

 一人で自炊して、一人で掃除して、ちゃんと一人で生きていける人間になれるようにってのが親の願いだけど。


 結局一人でだらだらしてるだけだからなあ。

 ほんと、そろそろちゃんとしないとだよ。


「さて、明日の食材だったよね」


 話をしながらスーパーへ。

 夕方に買い物に訪れた主婦たちがぽつぽついるだけの閑散とした場所だけど、普段来ることがあまりないのでちょっと新鮮だ。


「宗次君は何が好きですか?」

「そうだなあ、やっぱりお肉だけど」

「お肉、ですか。それじゃ明日は生姜焼きとかどうですか?」

「あ、いいねいいね。じゃあ豚肉買って、あとは」

「あの、宗次君」

「う、うんどうした?」

「……あの、宗次君」

「?」


 精肉コーナーで豚肉を選んでいると、なんか急に羽崎さんがもじもじし始める。

 また、汗を舐めたいのだろうか?

 それともサキュバスとしての欲求が我慢の限界に達してる、とか……いや、そうだったらやばいけど。


「宗次君……」

「ど、どうしたの? あ、汗?」

「ううん、そうじゃなくて……ええと、引かないでくださいね?」

「う、うん?」


 まただ。

 引かないでって事前に注意されるってことはつまり、それだけとんでもないお願いが待ってるってフリでしかない。


 今日は何を言われるんだろう。

 もしかしてついに……。


「あの、今日の晩御飯私が作ってもいいですか!?」

「……え?」

「か、彼女でもないのにおうちにお邪魔して晩御飯まで作るなんてそんな押し掛け女房みたいなこと……は、恥ずかしい!」

「は、羽崎さん?」

「い、嫌ですよね、好きでもない女にそこまでされるなんて……」

「いや、全然?」

「……え、そうなんですか?」

「うん、むしろ嬉しいけど」

「う、嬉しい? 私が夕食を作ってあげると宗次君は嬉しいんですか?」

「そりゃあ。だって羽崎さんのご飯美味しかったし、一緒に食べれるなんて、まあ、嬉しくないわけない、というか」

「……そ、そういうことでしたら。ええと、夕食の食材も、か、買います?」

「う、うん」


 なんかお互い照れた。

 改めて目を合わすと、俺も恥ずかしくなっちゃって。

 羽崎さんは羽崎さんでさっきからずっと照れてくねくねしてるし。


 お互い、変に意識してしまってそのあとは終始無言だった。


 勝手に羽崎さんが今日の献立は考えてくれていたようだ。


 籠に放り込まれた食材を見る限り、多分カレーだ。

 カレー、か。

 ちょっと楽しみだなあ。


「お会計は三千百円になります」


 レジに買うものをもっていき、お金を払おうとするとそこで久しぶりに羽崎さんが口を開く。


「あ、いいですよお金は私が」

「いやいや、俺が作ってもらうんだから俺が出さないと」

「いえ、私のわがままに付き合ってもらってるんですから私が出します」

「それはダメだって。こういうのはきっちりしないと」

「きっちり、ですか?」

「だ、だってお互い様でしょ? 俺だって嫌々羽崎さんと一緒にいるわけじゃないんだし」

「……あの、それって」

「と、とにかくご飯を作ってくれるだけでありがたいからここは俺が出すから。嫌だって言われても受け取らないからね」

「は、はい」


 まあ、親からもらった仕送りだから、男気を見せたも何もないだろうけど。

 それでも無駄に浪費するわけじゃないし、これでよかったのだろう。


 俺が金を払っている間に羽崎さんは先に籠を奥へ持って行って持ってきた買い物袋にせっせと食材を詰めていた。

 育ちのいい子だなあって思ってみていると、おつりを渡されるときにレジのおばちゃんから「いい子ねえ、とてもお似合いよ。大事にしないと」って、にやにやしながら言われた。


 ちょっと、恥ずかしかった。

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