第7話 なんで脱ぐの?
「あの、どうして黙ってるんですか?」
「……なんでもない。ちょっと袋が重いだけだよ」
「それなら半分持ちますよ?」
「いや、いいよ大丈夫だから」
レジのおばちゃんがいらんことを言ったせいで照れくささが抜けずに羽崎さんの方が見れないまま重い買い物袋を下げて――それこそ男気を見せて両手に抱えて帰る途中。
羽崎さんがぽそっと。
「私たち、恋人みたいに見えたんでしょうか?」
「え?」
「あ、いや違うんですよ! あの、レジのおばさんがなんかそういうこと言ってたのが聞こえたので」
「ま、まあ男女二人で一緒にいるだけなのに妙に勘ぐる人とかいるし。ああいう話が好きなんだよみんな」
「そ、そうですね」
「……と、とにかく早く帰ろ。遅くなるし」
「は、はい」
ちょっとドキッとさせられる彼女の発言だったけど、まあそんなにとんとん拍子で話が進むわけもないか。
羽崎さんは俺のことが好きとか、そういうんじゃないんだ。
でも、そういう子を俺なんかに惚れさせるって、どうやってやればいいんだか。
そんな方法がわかるくらいなら、とっくの昔に彼女くらいできてるって話だよ。
とぼとぼと帰り道を進んでいくと、だんだんと日が暮れていく。
ちょっと薄暗くなったところでようやく俺の住むアパートが見えた。
「やれやれ、なんかいつもと違う道だと遠く感じるなあ」
「でも、買い物楽しかったです。宗次君も楽しかったですか?」
「うん、誰かと買い物するとか新鮮だったし」
「それはよかったです。また一歩前進ですね」
「う、うん」
「それじゃ早速晩御飯作りますね。今日の献立、何だと思いますー?」
「カレー、だよね?」
「あー、そういう一発で当てるのつまらないですー」
「ご、ごめん買ってるもの見ちゃったから」
「えへへ、嘘ですよ。じゃあ、ちょっと調理開始しますのでお風呂でも入っててください」
「いや、俺も手伝うよ」
「ダメです、ここは私の仕事ですから。ほら、早くお風呂沸かしてください」
「で、でも」
「私の料理、不安ですか?」
「……そんなことないよ。うん、わかったそれじゃお言葉に甘えるかな」
「はい、甘えちゃってください」
どこまでもいい子すぎるというか、健気な彼女に俺はもう、ちょっと惚れていた。
こういう子が本当に彼女だったら毎日楽しいだろうなとか、全部搾り取られてもいいからこの子とエッチしたいなとか、そう思わせるのが彼女の作戦だったとしても別にいいやとか。
すっかり絆されていた。
風呂を沸かす間もずっと、にっこり笑う羽崎さんの笑顔が頭から離れず。
やがて風呂の湯が溜まる。
俺は彼女に言われた通り、先に風呂に入らせてもらうことに。
「ふう……」
なんか、最近充実してる。
というのも全部、羽崎さんがやってきてからだ。
壁やテレビ画面に向かってしか言葉を発することのなかった俺がこうやって誰かとずっと話してるなんて、ほんと奇跡だ。
それにその相手が、俺が風呂に入ってる間に料理までしてくれる女の子で、しかも可愛いと来ればもはや勝ち組でしかない。
サキュバスだからと言われても、見た目はただの人間だし。
頭はよくないみたいだけど、料理はうまいし。
……好き、だな。
俺はもう、彼女に頑張ってもらわなくても多分、惚れてる。
彼女が付き合おうっていってくれたら即答でイエスだし、エッチしたら死ぬと言われても多分、する。
死んでも後悔しないだろうな。
……ほんと、初恋が人間じゃない子ってのも俺らしいかもな。
「宗次くーん」
「は、はい?」
湯船に肩まで浸かって、羽崎さんのことを考えていると彼女に呼ばれた。
「あの、もう少しお風呂入っててもらえます?」
「な、何かあったの?」
「いえ、カレーって結構煮込むのに時間かかって。あと、野菜も結構切るの大変で」
「いや、それこそ俺も手伝うけど」
「だ、ダメです! 料理は必ず私一人でやり遂げるので、それまで絶対に出てきたらダメですからね」
「は、はあ」
「じゃあできたら呼びますので」
そう言って、また声がしなくなった。
一体全体、どうして彼女はかたくなに料理を一人でやりたがるんだろう。
まるで鶴の恩返しに出てくる鶴みたいだな。
絶対に見ないでくださいって、言われると気になってみたくなってしまうのが人の性。
でも、あれだけ言われたらさすがにのぞき見するのは悪いし。
もうちょっと、風呂入っておくか。
◇
「……長い」
多分二十分くらい経ったか。
まだ、羽崎さんから声がかからない。
いい加減のぼせそうだ。
「……いかん、このままだと脱水になる。あがって、部屋で待ってよっかな」
料理が終わるまで出てくるなとは言われたけど。
風呂場って湯船浸かってなくても熱いし。
まあ、部屋に戻る時に通るくらいいいだろ。
一向に呼ばれる気配がないので俺は風呂から出て、体を拭く。
そして着替えて。
廊下にあるキッチンを通ってでないと部屋には戻れないので、勝手に風呂を出た俺に怒るであろう羽崎さんに対して先手をとって謝ろうと思って廊下に出た。
その時だった。
目の前に、羽崎さんがいた。
サキュバスの羽と尻尾を生やした。
すっぽんぽんにエプロンをした彼女が。
「あ……」
「るんるんるーん、おいしくなあれ……そ、宗次君!?」
「あ、あの……」
「キャー、見ないで!」
「ぐはあっ!」
カレーが煮える鍋に対して何かおまじないをかけながら鼻歌を歌っていた彼女は俺を見て絶叫。のち、鉄拳。
彼女のプリンとしたおしりとぴょこぴょこ動く蝙蝠みたいな尻尾に気を取られていた俺はそれをよけきれず顎にジャストミート。
玄関へ向かって、吹っ飛びながらふと思った。
なんで、裸なんだろう……。
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