ふと思ったんだけど

「……ん」

「すみませんすみません! ほんといつもすみません!」


 恒例になりつつある羽崎さんの膝枕で目が覚めた。

 やっぱり顎が痛い。


「いてて……ほんと、サキュバスって不便すぎるよ」

「い、家でいる時は裸でも何も言われないのでつい……き、気を付けるので嫌いにならないでください!」

「き、嫌いになんかならないよ」


 一瞬とはいえ、何度も裸を見せられていたらむしろ意識してしまう。

 嫌いどころか、もっとちゃんと見たかったって気持ちの方が強くなるけど。


「そ、そうですか。あの……見ましたよね?」

「……ほんと一瞬だから覚えてないよ」

「ほ、ほんとですか? わ、私のおへそ周りに変な模様があったの見ました?」

「え、模様? そんなのなかったけど」

「あーやっぱり見てるじゃないですか! 嘘つき!」

「ご、ごめん!」


 怒鳴られて飛び起きた。

 で、テーブルを見るとそこには少し冷えた目玉焼きが二つ。


「……私、こう何度も裸を見られたら恥ずかしくて死にそうです」

「ご、ごめん」

「い、いえ。悪いのは私なので。あ、あの、朝ごはん冷めちゃいましたけど食べてくれます?」

「う、うん。じゃあいただくよ」


 箸をとって目玉焼きを一口。

 塩コショウで味付けされたシンプルなものだが、半熟具合なんかがちょうどよくて、うまい。


「うん、おいしい」

「よかったです。あの、そういえば学校って何時からでした?」

「ん、始業は八時から……今何時?」

「今は八時三十分です」

「……終わった」


 気絶していたから当然なのだろうけど、もう登校時刻はとっくに過ぎていた。


 で、今から走っても間に合うわけがないので俺は今日、初めて学校をずる休みした。

 


「はあ……暇だなあ」

「す、すみません私のせいで」


 先生に体調を崩したと電話したら、「なんでもっと早く言わないんだ」と怒られたけど、それだけ。

 俺がかけたすぐ後に羽崎さんが電話したらさすがに怪しまれるかと思ったが、彼女も無断欠席はよくないと先生に事情を説明していた。


 朝、転んで足を痛めて病院に行くということにして、彼女もずる休み。

 朝から暇になってしまったので部屋でぼーっとしている。


「かといって、学校休んで遊びに行くのはまずいし」

「そ、そうですよね。ええと、どうします?」

「そういえば羽崎さんの家は大丈夫なの?」

「なにがです?」

「いや、昨日から帰ってないのに」

「はい、ちゃんと宗次君の家にお泊りするとラインしてますので」

「……大丈夫なの?」

「なにがです?」

「いや」


 普通、娘が男の家に泊まると言われたら親は心配するだろうけど。

 サキュバスだからかどうかは知らないけど、彼女の家では別に普通なことらしい。

 

「お母さんからもほら、こんなライン来てましたから」

「……ん?」


 いや、どうやらむしろ歓迎だったようだ。

 羽崎さんの母親からは『おめでとう。今日は赤飯にするから夕方にはかえっておいでね』とだけ。

 

「赤飯、私大好きなんですー。ごま塩おいしいですよね」

「いや、完全に誤解されてるけど意味わかってる?」

「?」

「……まあいいや。で、とりあえず何しよっか」


 まあ、サキュバスの家庭事情はともかくとして。

 今日一日、何をして過ごすかの方が今は問題だ。


「あ、それならこの前話してたお勉強を教えてもらえませんか?」

「勉強? ああ、そういえばそんな話したっけ」

「私、正直今のまま学校に通ってても先生のお話が呪文にしか聞こえなくて。進学までは考えていませんがせめて卒業くらいはちゃんとしたくて」

「まあ、学校サボって家で勉強ってのも変な話だけど。やることないし、俺でよかったら勉強付き合うよ」


 というわけで勉強道具を机に出して、早速自主学習開始。

 俺が得意なのは国語と社会。

 数学や英語は正直人に教えられるほどのものじゃないので、まず得意科目から一緒に勉強することに。


「ええと、それじゃ歴史から行こうか」

「はい、私こう見えても結構記憶力はいいんですよ」

「そっか。なら社会は得意そうだね」


 ていうか記憶力がいいなら勉強が苦手ってのもおかしな話だけど。

 いや、今は細かいことは置いておいて。


「じゃあ早速。平安時代の貴族の女性の正装といえば」

「あ、それ知ってますよ。ええと、十二……」

「うん、合ってるからそのまま思い出して」

「うーん、ええと……あー、思い出せない!」


 ふわっと、一瞬彼女の髪の毛が浮いた気がした。

 で、光った気がした。

 まぶしさに目を閉じた後、再び目を開けると。


「角……?」

「あ、思い出しました! 十二単ですね!」

「う、うん正解……うん?」

 

 頭に角が生えた羽崎さんは満面の笑みで正解を答えていたが。

 そのまま視線を下ろすとそこには、山が二つあった。

 綺麗な、つやつやした大きな二子山。


 ……。


「わーっ!」

「え……きゃーっ! 見ないで!」

「ぐはあっ!」


 思い出すことに必死になりすぎてサキュバスモードになった彼女のおっぱいを間近で見てしまった。

 で、当然ながら鉄拳。

 ただ、今回は当たり所がよかったのか意識がはっきりしたままベッドに吹っ飛ぶ。


「や、ヤダヤダ! ど、どうしよう戻らない!」

「い、いてて……お、落ち着いて羽崎さん」

「み、見ないでください! やだ、どうしよう!」


 完全にパニックになった羽崎さんはそのまま部屋を出て行った。

 俺は殴られた鼻をこすりながら体を起こす。

 すると、廊下から声が聞こえる。


「ど、どうしましょう……戻らなくなっちゃいました」

「え、大丈夫なのそれ?」

「ええと、角は髪で隠せばなんとかなりますけど……ふ、服が」

「あの、一つ思ったんだけどサキュバスの姿になってから服を着たらダメなの?」

「あ」

「やっぱり……ええと、服を持っていくから一度風呂場にでもいてもらえる?」

「は、はい。すみませんほんと」


 いや、すみませんはこっちのセリフだ。

 今日は間近でおっぱいを見てしまった。

 大きかった。それに柔らかそうだったし。


 ……いかん、さっさと着替え出さないと。


「ん?」


 見ると、さっきまで彼女が着ていた俺のスウェットが無造作に脱ぎ捨てられていた。

 サキュバスになると、なぜか服が脱げるのか。

 いや、ある意味正しい機能なんだろうけど迷惑な機能だな。


「ええと、さっきまで着てたやつでいい?」

「は、はい。お願いします」

「じゃあ、廊下に置いておくから着替えたら言ってね」


 恐る恐る扉を開けて、廊下に彼女がいないことを確認してから着替えをそっと置く。


 で、しばらく待つ間に高ぶった興奮を鎮めるように深呼吸をして。


 やがて、部屋へ彼女が戻ってきた。


 

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