第12話 目が覚めたら

「え?」


 思わず布団から顔を出すと、スマホの明かりで少しだけ照らされたベッドの上で体を起こしてこっちを見る羽崎さんと目が合った。


「い、いえ別に変な意味ではなくて……あ、案外人が近くにいた方が落ち着くのかなあって」

「よ、余計落ち着かない気もするけど」

「嫌、ですか?」

「……嫌じゃない、よ」

 

 嫌などころかむしろいいの? と聞きたいくらい。

 ただ、暗闇でもわかるくらい、彼女は不安そうに俺を見ている。


「嫌じゃなければ……ええと、どうぞ」

「……うん」


 もう、心臓の音がうるさすぎて彼女の声も聴きとりづらい。

 それくらいの緊張感の中、俺はそっとベッドへあがる。

 彼女の体温であたたかくなった布団の中にするりと体を入れると、そのすぐ横で彼女も横になる。

 手を伸ばせば、彼女に触れられるくらいの距離で。

 彼女は上を向いたまま、話を始める。


「あの、私って、ええと、抱き枕とか、ほしい人なんです」

「そ、そっか。あいにくうちにはない、かな」

「は、はい。な、なので、その……抱き枕、いいですか?」

「え? いや、だからうちには」

「宗次君、抱き枕になってくれませんか?」

「……え?」

「べ、別に変なことはしませんから! あ、あの……ちょっとだけ、抱き着いても、いい?」

「……いい、けど」

「そ、それじゃ向こう、向いてもらえます?」

「う、うん」


 俺は一旦彼女と反対側を向く。

 すると、背中からするりと細い手が俺の体に回ってくる。


「あ、あったかい。宗次君の体温、落ち着きます」

「……そ、そう?」

「はい。なんか宗次君の匂いって、落ち着きますし。あの、このまま寝ても、いいですか?」

「い、いい、けど」

「はい。それじゃ、おやすみなさい」

「お、おやすみ」


 ぴたりと俺に抱き着いた彼女の体温がじかに伝わってくる。

 多分、背中に当たるこの感触は彼女の……いかん、頭がぐちゃぐちゃになる。


 いや、ここまでされて、我慢とか無理だよ。

 ごめん、俺……。


「は、羽崎さん」

「……」

「羽崎さん?」

「すう、すやあ」

「寝ちゃった……」


 呼びかけるも、羽崎さんは返事をすることなく寝息だけを俺に届けてきた。

 で、少しだけ振り返って彼女の方を見ると、なんとも気持ちよさそうな顔をして寝ていた。


 それを見て、なぜか俺のムラムラした気持ちは高まるどころか落ち着いた。


「……信用、してくれてるんだな」


 そう思うと、このまま彼女にいたずらしようなんて気にはなれなかった。

 こうして、俺の隣でも警戒することなく眠ってくれるような純粋な子に対して、いやらしいことを考えるのは下衆だな、と。


 ちゃんと、心を開いてもらってからだな。

 俺、もっとこの子の為に頑張ろう。

 好きになってもらうためにできること、か。


 ……デートプランとか、考えておくか。


「おやすみ、羽崎さん」


 俺のごちゃごちゃした頭の中もすっきりして、ようやく眠気がやってきた。

 彼女の体温はとてもあたたかくて、やがてそのぬくもりに包まれるように夢の中へ落ちて行った。



「……ん」


 夢を見ることもなくぐっする眠っていた。

 で、携帯を見ると時刻は朝の七時。


「あ、羽崎さん……って、いないか」


 振り返ると、そこに彼女の姿はなかった。

 まるで昨夜の出来事が夢だったかのような虚無感に襲われたが、どことなく残った彼女のぬくもりと香りが、夢でなかったことを証明してくれているよう。


「……でも、帰るなら一言くらい言ってくれたらいいのに」


 俺がぐっすり寝てたからこっそり帰ったのだろうけど。

 仮にも同じ布団で寝たのに、なんか水臭く感じてしまう。


 いや、ただ単に寂しいだけなんだろうな。

 できたら朝目が覚めた時に目の前に羽崎さんがいて「おはよう」って笑ってくれたり……。


「あー、こういう妄想が童貞なんだよな」


 朝からちょっとムラムラしそうになったところでベッドから降りる。

 なんだか寝つきがよかったせいかいつになく寝覚めがいい。

 窓のカーテンを開けると、まぶしい朝日が差し込んでくる。


「いい天気だなあ。うん、今日もいいことありそうだ」


 朝日に目を細めていると、おなかがぐうっと鳴る。

 普段、朝飯も食べたり食べなかったりなんだけど今日はお腹が空いてるようだ。


 たまには朝食でも作ろうかなと。

 部屋を出る。


「ふんふんふーん♪」

「……あ」


 すると、廊下のキッチンで料理をする羽崎さんがいた。

 で、もちろん。


「そ、宗次君! やだ、見ちゃダメ!」

「ふがっ!」


 裸だった。

 エプロンはしてたけど、またぴょこぴょこ動く尻尾ときれいな彼女のお尻を見てしまって。


 おたまを投げつけられて顔面に直撃。

 そのまま部屋に倒れこんだ。

 


「い、いてて……」

「ご、ごめんなさいつい……で、でもこっち来ちゃダメです!」


 勢いでしまった扉の向こうから羽崎さんの必死な声が届いた。


「ご、ごめんいると思ってなくて」

「き、昨日のお詫びに朝食をと思ったんですけど……め、迷惑でした?」

「いや、嬉しいよ。でも、サキュバスの姿になるなら一声かけといてほしかったかな」

「す、すみませんまだ起きないかなと思ってたので」


 そのあと、また調理に戻ったのか羽崎さんの声はしなくなった。

 しばらく部屋で待っていると、何かが焼ける音と一緒に香ばしい匂いが部屋まで届く。


「あの、目玉焼きにしてみました!」


 元気のいい声と共に部屋の扉が開いた。


「へえ、それじゃさっそく……ぶっ!」

「え、どうしました? あ! 服着るの忘れてた! ヤダ見ないで!」

「ぐはあっ!」


 正面から、彼女の裸を見てしまった。

 なぜ、エプロンを外す際に服を着ていないことに気づかないんだろうと心の中で首をかしげながら。


 彼女の鉄拳によって体は宙を舞う。


 そのまま、目の前が真っ暗になった。

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