第9話

 リョウについていく形で旅に出たシェンが最初にすべきことは、武器の調達だった。


 得物がなければ倒せない。素手の状態で獏本体と会ってしまったら、また獏の核を植え付けられるだけ。入手は急務だった。


 だけど、シェンが暮らしていた村には武器屋などという店は存在しない。つまり、武器屋がある別の町に急ぐ必要がある。


 都合のいいことに、ここから一番近い集落は、シェンが生まれ育った村よりは大きく外との交易も盛んだ。


 恐らくは獏もそっちに向かっているのではないかという推測の元、武器屋もある筈だとそこに向かうことになった。


 幸い、陽の高い内に出たので、急ぎ足なら暗くなる前に到着することが出来る距離にある。


「急ぐぞ」

「ああ!」


 後ろ髪を引かれている場合じゃない。自分の村の存在を背中に感じながらも、シェンは振り返ることなく早足のリョウに並んだ。


 日中の移動には、重要な意味がある。獏の被害が報告される様になって以降、世間では夜間の移動は避けられる様になった。


 急を要して夜間の移動が必須な場合は、松明を手に、出来れば馬や馬車などを利用する。獏の足では追いつけないからというのがその理由だった。


 獏はその殆どが元人間ではあるが、陽の光に弱く火も厭う為、夜間しか移動しないというのが通説だ。日中暗がりに行く時は注意がいったが、基本は夜間だけ気にしていれば被害には遭わない。


 この辺境の地に獏の被害がなかなか伝わってこなかったのも、この移動制限があるからでは。それが有識者の見解だという話を、リョウが道すがら教えてくれた。


「王都の方はどんな状態なんだ?」


 王都はとんでもなく馬鹿でかく、人も驚くほどいると聞いたことがある。そんな場所に獏の被害が広まっていたら、と考えるだけで恐ろしい。


「王都には、獏祓いも多くいる。それに八十九日はそこそこ長い期間だからな、余裕もそれなりにあるんだ。寝て起きなくなった人間は、獏対策機関に報告が義務付けられてるしな」


 ただ、中には誰とも交流がなく、八十九日もの間見つからずに寝続け、やがて目覚める者も中にはいた。そういった場合には、獏祓いと国軍から派遣された軍人が対処にあたる決まりとなっているそうだ。


「獏祓いは夢の中じゃあ強いが、現実で強いかっていうとそうとも限らないからな」


 まあ俺は現実でも強いけどな! と明るく笑うリョウを見て、その笑顔にシェンを気遣う気配が含まれていることに、否が応でも気付かずにはいられなかった。


 そもそも、どうしてリョウは獏祓いになったのか。何故現実世界の獏までも退治しているのか。


 ズケズケと聞いていい内容には思えず、いずれ話してくれることもあるだろう、とシェンは今は尋ねるのは控えることにした。


「俺に剣の稽古を付けてくれるか?」


 シェンがそれだけ尋ねると、リョウはちょっと照れ臭そうにはにかんだ笑みを浮かべて、シェンの頭をガシガシと撫でたのだった。



 町の門番に獏の話をすると、すぐに町の警護の責任者の元へと連れて行かれた。リョウが首にぶらさげていた金属製の鎖を服の中から取り出すと、先端に付いていたこれまた金属製の札を見せる。


「王都の獏祓い本部所属の御方でしたか。ようこそおいで下さいました」


 札を見た警邏隊隊長は頭を下げた後、これまでに耳に入った情報を事細かに語ってくれた。


 シェンの父であった獏の目撃情報はなかったが、獏という存在自体は警邏隊の間ではすでに知られている事実だった。原因は、シェンの父に噛み付いた少女の姿をした獏の存在だ。


 なんでもあの獏は、別の町から引っ越してきた一家の末娘らしい。獏という存在を知らず、馬車で移動はしていたものの、夜間には野営をして寝ていたという。


 どうやらあの少女は、その旅の途中に獏に襲われ眠りについてしまったと思われる。


 どんな奇病を拾ってきてしまったのか。末娘の容態は勿論心配だったが、引っ越しは新たな町で商売を始める為に行なったこと。飲食をせずとも人形の様に衰えもせず眠り続けていた所為もあり、医者に診せても分からないと言われ、一家は末娘をそのまま寝かせ続けてしまった。


 次に材料の仕入れで大きな町に行く際にこの奇病について尋ねよう、と考えたまま。


 そして、八十九日が経過してしまった。

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