第3話

 この世界に、突如として現れた謎の生物。


 瞳が金色に輝く、影がない生き物。ソレに噛みつかれた者は、その日の内に眠りにつく。


 その間、飲まず食わずでも、夢の世界の住人となった者は痩せもしないし死にもしない。


 恐らくは、ソレに植え付けられた何かが生命維持装置として働いているのだろう、というのが見識者のもっぱらの見解だった。


 眠り続けて八十九日を過ぎると、唐突に目を覚ます。瞳を金色に輝かせて、一番最初に目に入った者を食すことで飢えを癒やすと、仲間を増やす為か、次々と周囲の人間を襲い始めるのだ。


 目覚めた時に飢えを満たせないソレがどうなるのかは、未だ分かっていない。他の場所に餌を求めて移動するのか、はたまた飢えて消えてしまうのか。


 閉じ込めて実験しようとした者もいた。だが、空腹時のソレは厄災と呼ぶに相応しい暴れっぷりを見せる為、実験に挑んだ者たちは軒並み真相を知る前に命を断たれた。


 それは、本当に偶然だった。とある者が、愛する人が眠りにつき、何を思ったかその両目を指で押し開けたのだ。そこにあった金眼と目が合った瞬間、その者は全く見覚えのない世界へと放り込まれる。


 次々と襲い来る影に怯えながらも、その者は果敢に戦った。その世界では、強く願った物を具現化出来ることも判明した。


 愛する人と再会したいという強い願いを胸に、その者は戦い、その中で出会った唯一の影持ちを倒すと、それまで闇に赤い月しか浮いていなかった空に、突如として光が差し込んだ。


 その者はその光目掛けて跳躍すると、気がつけば元のよく知る世界に戻っていた。そして、目の前には不思議そうに目をパチクリとさせる愛する人の姿。


 金眼ではなく、その者本来の目の色に戻っていた。


 このことが、これまでただ滅するしか対処法がないとされていた常識を覆す。


 眠っていた者に植えられたのは、核。それを夢の中に入り込んだ者が破壊すればいい。


 試行錯誤の後、頭が柔らかくて具現化能力が高く、且つ精神力も高い人物がより成功しやすいという結論に達した。


 この謎の生物はやがて「獏」と呼ばれる様になり、増え続ける獏を退治する職業が出来、人々はその者たちを「獏祓い」と呼ぶようになったのだ。


 シェンがそんな獏祓いであるリョウに出会ったのは、二年前のこと。


 獏という概念も伝わっていない田舎。シェンの父は、これから訪れる冬に備えて薪となる枝を山の麓まで赴き拾っていた。


 そこに、そろそろ暗くなるというのに小さな女の子がひとりで歩いているのを見て、思わず声を掛ける。


 お母さんはどこだい? 君はどこの子だい? 父はそう尋ねた。


 見覚えのない子供だ。他の集落から来たとしか考えられなかったが、一番近い隣の村でも子供の足だと半日近く掛かる。


 攫われて逃げてきたのか。そう思ったのは、その子の夜着と思われる裾の長い服に、乾いて時間が経ったと思われる血が大量に付着していたからだ。


 その女の子は、父に話しかけられても何も答えず、珍しい金色の瞳でにっこりと笑った後――伸ばされていた父の手をガブリと噛んだ。


 あまりのことに父は仰天し、枝を放り投げて逃げ出す。その時、確かに見たのだという。女の子の足許に、影が存在していないことを。


 大分離れた所まで行くと恐怖が少し収まった。いつの間にか、とっぷりと日が暮れている。これはいかんと慌てて家に帰り、遭遇した不思議なことをシェンと母に語った。


 そして次の日から、父は目を覚さなくなった。


 辺境の地ではあったが元々資源は豊かだったので、父が倒れても辛うじて暮らしていくことは出来た。


 一体どうしたんだろうねえ、と村長や他の大人も皆心配して食糧を分けてくれたから、寂しくともなんとか過ごせた。


 ある日、時折やってくる行商人が訪れ、遠くの街で寝たままになる奇病があるという話を教えてくれた。


 シェンが父の話をすると、行商人は「それを専門に診る人間がいるらしい」と更に教えてくれ、次の大きな街に行ったら探して声を掛けてやろうとまで言ってくれた。


 誰ひとり、これが危険なものだとは思っていなかった。急を要するものだなんて、知らなかった。


 そしてそれから数日の後、村にふらりと現れたひとりの男がいた。


 ――それが、リョウだった。

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