第4話

 シェンが村から少し離れた川で魚を取っていた時、突然見知らぬ男から声を掛けられる。


「村があるって聞いたんだけど、この辺なーんもなくて見つからなくてよ! 知らない?」


 体格がよく、腰に大きな剣を帯びている姿は、この辺りでは見かけない種類の人間だ。一見にこやかではあるが、明らかに場違いなその男に、シェンは警戒してしまった。


 村には、年頃の娘もいる。筋肉隆々の若い男が村に何の用があるかは分からないが、万が一狼藉を働こうとされたら、止められるほど戦いに長けている者はいない。平和な村なのだ。


 村の人口は決して多くはなかったが、若者の比率は多い。シェンには、ひとつ下のリラという幼馴染みがいた。リラはそこそこ美人で、少し前に訪れたのとは別の行商人も「町で働けば働き口はあるのに」とリラを見て言ったくらいだ。なので、もしこの男があまり素性のよろしくない種類の人間だったとしたら、と考えたのだ。


 リラとは、いつか所帯を持つと互いが思っている仲だ。他にも何人か若い女性はいたが、もう皆相手が幼い頃から決まっていた様なものだ。そんな小さな村に、剣を持った男。怪しまない筈がない。


「……何の用だ」


 シェンが短く返答すると、リョウが驚いた顔をして川の中に立っているシェンをまじまじと見た。


「えっ男?」

「あ?」


 当時シェンは、十六歳になったばかりだった。あまり筋肉が付かない質なのか、肉体労働をしてもほっそりとした体型は一向に変わらない。この辺りには珍しい絹糸の様な銀髪は母親譲りで、リラが切るなと言うので腰まで伸ばしていた。


 その時は邪魔だったので後ろにひとつで結んでいたが、丁度いい紐がなくて母の赤い紐を借りていたのも勘違いした原因かもしれない。


「可愛い子だと思ったのに……」


 大きな男が、何故か勝手に落ち込んでいる。童顔を気にしているシェンにとって、可愛いという言葉は禁句だった。


「お前失礼な奴だな! あっち行けよ!」


 シェンは冷たく言い放ち背中を向ける。程なくして、靴を投げ捨てる音と、ジャブジャブと川の中に入ってくる音が聞こえ始めた。手元を影が覆い、嫌な気がして顔を上げる。そこには、二カッと笑いながら悠々とシェンを見下ろしている男がいた。


「……なんだよ」

「いやあ冷たいね、水!」


 シェンが大きく舌打ちをすると、男があははと頭を掻く。


「えーとだから、君が住んでる所が俺が探してる村だと思うんだよな。なら作業を手伝おうと思って」

「あ?」


 シェンが睨むも、男はどこ吹く風だ。早速足許を泳いでいた魚を手掴みで捕まえると、シェンの腰に括られた網に入れていく。でかい図体をしている割に、動きは機敏らしい。また別の魚を追いかけては捕らえては、どう? といった風に笑いかける。


 いただける物はいただき、シェンは無視を決め込んだ。すると、男はシェンの機嫌を取ろうと話を始める。


 名前はリョウといって、王都近くの出身なこと。こんな辺境に来たのは初めてだけど、王都の方よりも空気が乾燥して過ごしやすくて気に入ったことなど。


 シェンに色々と質問してもシェンが答えないと、勝手に推測を始める。ひとりっ子だろうと当てずっぽうを言われ、それが間違っていないのでシェンが思わずリョウを見ると、リョウは楽しそうに笑った。


 リョウは陽気な男だった。リョウの話を聞いている内に、彼が行商人から情報を受けた人物だと知ると、シェンの警戒心が薄れ始める。


 網が魚で一杯になると、重すぎて持ち上げられないシェンの代わりに、リョウが軽々と持ってくれた。


「だから、その寝ちゃった人を探してるんだよな」


 リョウの話に、シェンはこの男は大丈夫だろう、と判断する。話の辻褄は合うし、わざわざ嘘をついてまでしてこんな辺境の地を訪れたところで、得るものは少ない。多分本当のことを語っているのだろうと。


「――それは、俺の父さんだ」


 とうとうシェンが白状すると、リョウは一瞬目を大きく開き。


「……ん。じゃあ連れてってくれ」


 そう言って、シェンの頭をぐしゃっと撫でたのだった。

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