第12話

 翌朝、まとめ役に連れられて老婆の家へと向かった。


 当然、昨夜の内に集落をぐるりと篝火が囲む様対処済みだ。彼らが頑固なのは親の代からの遺恨が強いからであって、諍いのあった町に関係のない人間の言うことならあっさりと聞き入れてくれた。


 リョウが持っている王都の獏祓い本部から支給された金属製の札は、裏に王国発行の精巧な紋が刻まれている。これはどんな田舎者でも知っている紋で、偽物を作った日には即刻処刑される種類のものなのだ。


 その紋の威力は遺憾なく発揮され、リョウの言葉の信憑性を後押ししてくれた。


 リョウとシェンが、老婆が横たわる寝台の横に立つ。


 今回は依頼を受けた訳ではないので無償での救出作業となるが、一宿一飯の恩は大きい。


 リョウは今朝も少しは遠慮したらどうだというくらいの朝食を掻っ込んでいたので、一宿二飯、下手をするともう一泊なんて可能性もあった。


 まとめ役の奥さんの料理をえらく気に入ったリョウは、ひと声でも掛けられたならそれに飛びつくのが目に見えていたからだ。


 ――全く、能天気なんだから。


 隣に立ち深呼吸を繰り返し集中を高めていくリョウを、横目で窺う。


 獏の夢に入れるのは基本ひとりだけ。だが、例外があった。入り込む人にしがみついていけば、他の者も同じ夢に入り込むことが出来るのだ。出る時も同様なので、シェンは毎回リョウに抱き抱えられて出入りしていた。


 これを見られるとちょっと恥ずかしいのだが、まとめ役には一応説明してあるから、まあ大丈夫だろうとシェンは自分に言い聞かせる。


「――よし!」


 リョウの集中が終わった。リョウが、シェンに片腕を「ほれ」と伸ばす。状況を見守っているまとめ役が、分かってはいる筈だが目を大きく開いた。シェンはあえて彼を見ない様にすると、リョウの逞しい腕の中にすっぽりと収まり、首にしっかりと抱きついた。


「じゃあいってきます!」


 リョウの軽快な挨拶に、まとめ役はつられた様に「はい、いってらっしゃい!」と答える。


 リョウは大きな手で老婆の左右の瞼を同時に押し上げた。


 ぐらりと目眩の様な感覚に襲われるのは毎回のことだったが、何度経験しても慣れない。世界を超えるからなのか、精神だけがこちらの世界に移動してきているからなのか。


 目眩が通り過ぎるのを目を閉じて待っていると、リョウの声が上から降ってきた。


「シェン、いるな?」

「いるよ」


 毎回夢に降り立った瞬間、腕の中にいるにも関わらず、リョウは必ずそう確認する。聞かなくたって分かるだろ。そう言ったこともあったが、リョウは苦笑しながら「まあ、そうなんだけど」と返しただけだった。


 リョウは時折、夢にうなされる。その際に腕で空を切る時があったので、過去に何かあったのかもしれない。獏の夢の中へ複数人が入る方法もリョウは初めから知っていたから、もしかしたらシェン以前にシェンの様な相棒がいたのかもしれなかった。


 なんとなく面白くなくて、尋ねたことはなかったが。それに、リョウも何も言わないから。


 リョウは、獏や王都に関しての話は聞かずともペラペラと話してくれたが、自身の過去について多く語ることはなかった。


 何故獏祓いになったかというシェンの質問にも、「これ、格好いいだろ」と首にぶら下げた鎖に指を引っ掛けて言うだけだ。詳細を言いたくない、そういうことだと察し、以降シェンはそのことについて尋ねるのをやめた。


 この二年間で他の獏祓いに会うこともあったが、大体皆多くは語らない人ばかりだった気がするので、大なり小なりそれぞれ獏祓いになろうと思った理由があるんだろう。シェン自身がそうである様に。


「じゃあ、慎重に行くぞ」

「ああ」


 辺りを見回す。老婆の夢の世界は、他の獏と同様、空は星ひとつない闇色。そしてそこに赤い月が浮かんでいるのもこれまでと一緒だ。


 二人は頷き合うと、慎重に前へと進んで行った。

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