第13話
何故獏が犯した夢は赤い月なのか、その原因までは分かっていない。
自分に核を埋められた時は、赤い月に違和感を覚えなかった。あそこが瞼なので陽の光が透けているんじゃというのが通説だったが、さて実際はどうなのか。
先程現実世界で歩いてきた集落と思われる光景が、目の前に広がる。老婆はどこにいるだろうか、とシェンは辺りを注意深く観察していった。
ここでもリョウは大胆で、図体がでかいにも関わらず軽やかに大した音も立てずにずんずん先へと進んでいく。
獏は通常影だけだが、時折夢を見ている本人の願望と混ざり合い、実体に近い姿を持つこともある。この間の牛や想像力に乏しい人間だと、ほぼ影だけなので見分けが付きやすいが、宿主が子供や想像力が豊かな人間の場合、瞬時には見分けがつかないほどに鮮やかな影となることも稀にあった。
その場合の見分け方はひとつだけ。瞳に白目がなく、闇がぽっかりとそこに空いていることだ。なので、至近距離にさえ行けば判別出来た。
リョウとシェンが自身の想像力で具現化した剣をそれぞれ手に持ち、警戒しながら集落を進んでいくと、老婆の家の前で子供が遊んでいる。その様子を横で愛おしそうに見ているのは、中年の女性だ。
「あの人――あのお婆さんかな?」
面影がある。シェンがリョウに小声で尋ねると、リョウはじっと目を凝らして見てから頷いた。
「それっぽいな」
老婆が若かった頃の、自分の子供とのひとときを夢に見ているのだろうか。子供が転ぶと女性が駆け寄り、慰める様に抱き締める。
それを見ていたシェンは、胸を鷲掴みにされた様な感覚に襲われた。
否が応でも思い出す、母の最期の姿。母に甘える様な年齢はとうに過ぎてはいたが、それでも母のことは大好きだったシェンは、未だにあの瞬間を繰り返し夢に見る。
シェンの長い銀髪を櫛で梳く度、「シェンは私によく似てるねえ」と言われるのがこそばゆくて「そんなことないし」なんて生意気な口を利いていたけど、それでも本当は嬉しかった。愛されてるなと感じて、幸せだった。
……それが一瞬で崩されたのは、自分の所為。
「――シェン」
いつの間にか横に立っていたリョウが、シェンの頭をぽんと撫でる。慰める様な優しい微笑みに、自分がどんな顔をして親子を見ていたのかを知り、途端恥ずかしくなった。
「すぐに人の頭に手を置くんじゃねえよ」
シェンはリョウの手を退かすと、これ以上情けない顔を見られない様にと別の家屋へと足を向ける。
「さっさと探そうぜ」
大して広くない集落だ。視界も悪くないので、探せばあっさりと見つかりそうだった。
リョウが、いつもの如くシェンに注意する。
「いいか! 影付きが出たら速やかに離れて俺を呼ぶこと!」
「分かってるってば!」
シェンでは力不足だと言われている様なもので腹立たしくはあったが、リョウとシェンとでは明らかに経験の差があるのは事実だ。
リョウは想像力が豊からしく、空を飛んだり舞ったりと自由自在に飛び回ることが出来る。だが、最初ほどではなくなったが、シェンの中にはまだどこか現実の自分の身体を夢の中の精神体と紐付けているところがあるらしく、リョウの様に軽やかに動けないのだ。
自由自在に空を飛べる様にならないと、ひとりで獏の夢から出ることも叶わないので、目下の目標は自分の意思で空を飛ぶことだった。
リョウが老婆の家の方に進んでいくのを横目で確認すると、シェンは昨晩お世話になったまとめ役の家の方向へと向かうことにする。
……すると、何かがおかしいことに気付いた。
首筋にチリチリと感じる、違和感。何だ。何がおかしい。
シェンは歩を止め剣を構えると、周囲を注意深く観察し始めた。
どこの集落も、作りは似たりよったりだ。平屋が点在し、井戸や鶏小屋があるのも共通している。
だけど、だけど。
「――嘘……だろ?」
違和感の正体に気付いたシェンは、ある筈のない物を探す為に一気に走り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます