第11話
残念ながら、牛の肉は食えなかった。
何故なら、リョウが意気揚々と腹を掻っ捌くと、中から物凄い悪臭がしたからだ。それをもろに食らったリョウは、現在青い顔をしている。
「半分腐りながら動いてたのか……おええっ」
「前に斬った獏は普通に血が出てたし新鮮だったけどな」
シェンが答えると、リョウが「新鮮とか言うなよ……」と更に気持ち悪そうに口を押さえる。そもそも獏を食おうと言い出したのはリョウの方だというのに、随分な話だ。
スーハーと深呼吸を繰り返しようやく気持ち悪いのが去ったらしいリョウが、腕を組みながら考え込んだ。
「ということは、だ。俺たちが今まで倒してきた獏は、比較的新しいやつだったのかもしれないぞ」
「新しい? つまり獏に成りたてってことか?」
シェンの問いに、リョウが頷く。
「こいつらは核を植え込んで獏を増やしてはいくが、獏本体が何かを口にするのは最初の一度きりだ。そう考えると、最初に蓄えた燃料を燃やして獏を増やしていって、本体はやがて腐り果てるって考えた方が理には適ってる」
「この牛は獏になってどれくらいだったんだろうな?」
リョウは肩を竦めることで答えた。
でもそう考えると、二年というのは長い月日だ。これだけ見つからないとしたら、もしかしたら――。
シェンが黙りこくったのを見て、何を考えているのか分かったらしい。リョウは普段は能天気そうに見えるが、案外細かいところもよく見ているのだ。
「……なあシェン。もしもだぞ? もしも俺の仮説が正しかったとして、この先もお前の父ちゃんだった獏が見つからなかったら、その……」
お前はどうしたいのか。恐らくはそう聞きたかったのだろうが、シェンがギッと睨むことでリョウの言葉はそれ以上続きを紡ぐことはなかった。
「リョウ、阿呆なこと言ってないで次に向かうぞ」
「阿呆って……」
「獏の肉を食うつもりだった奴が阿呆でなくて何なんだよ」
それを言われると、リョウも黙らざるを得ないらしい。ふう、と小さく息を吐くと、さっさと歩き出したシェンに駆け足で追いつく。
「なんかシェンの方がしっかり者だなあ」
「褒めても金はないぞ」
「ばーか。いい相棒だって言ってんだよ」
キシシ、と歯を見せて笑うリョウを見上げ、突然褒められ始めたシェンは居心地が悪くなり。
「アイテッ!」
隙だらけのリョウの脇腹を肘で思い切り突いた。
「気持ち悪いこと言ってないで行くぞ!」
「つれねえなあー」
照れ臭すぎて、言える訳がなかった。嬉しいだなんて。
◇
次の町は、シェンたちも初めて訪れる辺境も辺境にある集落だった。
前の町で、ここの奴らは閉鎖的で付き合いづらいと零していた爺さんに聞いたのだ。こいつらは何かあっても他に助けを求めちゃこないと。
なんでも十何年も前の話になるそうだが、まだ互いに交流があった頃、この集落を流行り病が襲った。彼らはその時、一番近くにある爺さんの住む町に助けを求めた。
そもそも集落に医師がいなかったからなのだが、当時、爺さんが住む町にも同様の病が蔓延しており、誰も医師を行かせようとしなかったのだ。
彼らは何度も頼み込んだ。せめてどう対処したらいいのかを尋ねた。だが、医師本人にもそれはまだ分かっておらず、そうこうしている内に医師自身も病に倒れ、やがて帰らぬ人となってしまった。
その間に、大勢の人が亡くなった。だが、何も対策を取らなかった集落の被害は甚大だった。
そして、彼らは見捨てられたと思い込んだのだ。そんなことはない、誤解だと何度も説得しても無駄だった。医師を独占し集落の助けを求める声を無視した、と彼らは言い。
以降、交流を断った。
その状態が、今でも続いてしまっているのだという。時折様子を見に行く者もいないでもなかったが、皆同様に追い出された。親切心がそういった風に踏みにじられれば、こちら側も面白くはない。ならばもう勝手にしろ、ととうとう交流を断ってしまった。
時折別の町で行商の際顔を合わせることがあっても、互いに一切口も利かない。だから、彼らの集落で何か異変があってもこちらに伝わることはないだろう、と爺さんは語った。
その情報が正しければ、完全に余所者のリョウとシェンであれば中に入れるのではないか。その読みは正しく、二人がその集落に足を踏み入れたところ、特別非難されることも追い出されることもなく、「旅人なんて珍しい」と歓迎された。
滅茶苦茶気のいい人たちじゃないかと、今夜の宿泊先となった集落のまとめ役の家で、リョウ念願の肉料理を齧りながらまとめ役の話を聞いていたところ。
「寝たまま目覚めない病気の奴? ああ、ひとりいるぞ」
なんとあっさりと教えてもらった。
シェンが前のめり気味に問う。
「寝てどれくらい経ちましたか!?」
獏の存在を知らないらしいまとめ役は、酒を飲んでかなり赤くなった顔で考える様に上を向く。なんでも、来客でもないと奥さんが沢山飲ませてくれないらしい。
「うーん? ひと月くらいかなあ? 顔色もいいし、飯を食わないでも痩せもしないから不思議なもんだと言っていたんだが」
なんでそんな呑気に構えているんだと思ったら、元々かなり年齢がいった老婆らしい。いつ天寿を全うしてもおかしくない様な老婆が、いつどこで獏に噛まれたのかは謎だ。ひとり暮らしの老人だから、誰も何も聞いてはいなかった。
「明日、その人に会わせてもらえますか?」
シェンが真剣な顔で尋ねると、まとめ役がきょとんとした顔になる。
「まあ、問題ないとは思うが……一体どういう理由で?」
そこでリョウが初めて、彼に獏という存在について語ったのだった。
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