第8話
村から出たことがないシェンに、最低限必要な持ち物が何かを、旅慣れたリョウが横について教えてくれた。
村長に事情を説明して村長の家から出ると、泣き顔のリラとリラの両親がシェンを出迎える。
リラはパッと駆け寄ると、「シェン! うちで一緒に暮らしましょう!」とシェンに縋りついた。リラの両親も、シェンを安心させるかの様に頷く。
「誰もシェンが悪いなんて言わない! 私が言わせないから! だからシェンお願い! 行かないで!」
リラの言葉で、村の中にシェン一家に対する批判が少なからず起きていることを知った。まあ、常に事件など発生しない小さな集落内で起きた凄惨な事件だ。問題を起こした者は、集落の和を乱す。
だから暗黙の了解で、問題を起こしたら村から出て行く雰囲気になるのだ。
それは仕方のないことだとシェンは思っていたし、それに今回シェンの所為で獏と化した父は野に放たれた。それでものうのうと何もなかったフリをして村に居続けられるかと言われたら、否だ。
「シェン、無理する必要はないんだぞ?」
リョウまでもが、そんなことを言う。
違う、自分は居心地が悪いから村から出ようとしているんじゃない。その時、そう強烈に思った。
だけど、まだこの時のシェンには正確に何がシェンを突き動かしたのか、理解し切れていない。
だけど、ひとつだけ分かるのは、リョウには否定されたくないということだ。
へら、と気遣う笑みを浮かべるリョウに一瞥をくれたシェンは、腰巻きに括り付けた、使い込まれた小刀を抜いた。
「シェン!? な、何を……!」
リラが、思わずといった様子で後ずさる。
シェンは腰まである長い銀髪を左手に掴むと、躊躇いなく小刀の刃を当て、一気に切り落とした。
「シェン!?」
リラが口を押さえて叫ぶ。何をしているのか理解出来ないのだろう。
シェンは、手に持つ髪の束をリラに向けて掲げた。
「リラが好きだった髪は、ここに置いていく」
「シェン……?」
リラは涙目になり首を傾げたが、シェンの今の言葉でリラの父は理解してくれた様だ。リラの肩を抱くと、リラに向かって横に首を振る。
「リラ、行かせてやりなさい」
「何で!? 嫌よ! だってシェンの所為じゃないのに、何で、何で――!」
「これはけじめってやつだよ、リラ」
リラの父が、今度はシェンの方を向いて頷いた。それに対し、シェンは頭を深々と下げる。
「おじさん……勝手を言ってごめんなさい。リラには……誰か他にいい人を見つけてあげて欲しいです」
シェンの言葉に、リラはくらりとよろけ、父にもたれかかった。「いやだ……いやよシェン」と呟いているが、リラのその姿には諦観が漂う。シェンが元々頑固で意見を曲げない質なことを、生まれた時からシェンを知っているリラは熟知していた。
「……さようなら、リラ」
このままのうのうと父のことを人任せにしたまま、生きていけない。自分が犯した罪から目を背け、赤の他人の命を危険に晒し続けて自分だけリラと幸せな家庭を築くことなど、出来る筈がない。
父を倒そうとしてくれたリョウを止めたのはシェンだ。母を食い殺した化け物だというのに、目の前にその事実は映し出されていたのに、シェンは現実を直視しなかった。
その所為でシェンに獏の核を植え込まれたというのに、リョウは助け出すのが遅くなったと謝った。
リョウは何ひとつ悪くないのに。全部、シェンの所為なのに。
そう、シェンは自分が許せないのだ。無知であったことは仕方がないと思う。知りようがなかった獏の存在を即座に信じなかったのは、これはどうしようもないことだろう。
だけど、目の前にその事実が突きつけられているにも関わらず現実から目を背けたのは、完全に自分の失態だ。自分のけじめは、自分でつける。それが出来ないと、きっと自分の心は立ち止まったままになる。
シェンには、漠然とだがそれが分かっていたから。
シェンは足許に自分の髪の毛を置くと、もう一度リラたちに頭を深々と下げた。こうしている間にも、父がもたらす厄災は広がっていくばかりだろうから。
「――行こう、リョウ」
リョウが、泣いているリラと彼らに背中を向けるシェンを交互に見ながら、頭を掻く。ぺこりと小さくリラたちに頭を下げると、リョウはシェンに駆け寄った。
肩の上の乱雑に斬られたシェンの髪に手を触れると、「あーあ、似合ってたのに勿体ねえの」と笑う。
「後で、綺麗に切り揃えてやるよ」
そう言うと、シェンの頭をガシガシと撫でた。
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