第二部

新たな日常


 王立アレシウス魔法学院にフィオナが入学してから半年が過ぎた。


 一年生たちもすっかり学院での生活に慣れ、交友関係もある程度は固まりつつある。

 特に女子生徒たちはグループ化が顕著であり、更に貴族家の者が多いこともあって派閥のようなものが形成されていた。

 それらは学年だけにとどまらず、上級生の派閥とも絡み合い……学院という閉鎖環境の中には、貴族社会の縮図のようなものが出来あがっていた。




 そんな中、数少ない平民出のフィオナと言えば、さぞかし肩身の狹い思いをしているだろう……と思いきや。

 ある意味、彼女は『学院社交界』の中心人物の一人となっている。


 そのようにさせているのはもちろん、第二王子のウィルソンや公爵令嬢のレフィーナの存在だ。

 彼らが一目置くからこそ、フィオナにも注目が集まっているのだが……全くもって彼女の本意ではない状況だ。


 入学して以来の彼女の周りからの評価は『落ちこぼれ』である。

 座学の成績は及第点ギリギリであり、実技では圧倒的に魔力が少ない……

 緻密な魔法制御の点において多少は見直されてはいるものの、少なくとも同級生たちからのその評価は大きく変わってはいない。


 しかし。

 ウィルソンやレフィーナ、そして野外実習でフィオナの真の実力の一端を目撃した上級生たちの見る目は違っていた。

 フィオナの力、その事自体は正式に国から緘口令が敷かれたこともあったので噂になるということはなかったが、なんとなくその雰囲気は伝わるものである。

 そんな事もあって、フィオナの存在は否が応でも目立つのだった。


 ……本人が望む望まざるに関わらず。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「と言うことでフィオナ。こんど家に遊びに来てくれないか?」


「……いきなり来られて『と言うことで』と言われても」



 唐突に……と言うのはいつもの事であるが、ウィルソンが声をかけてきたのは、昼休みにフィオナが学食で食事をしているときの事だった。


 友人のメイシアとレフィーナが同席してるのも、いつも通り。

 それに加えてレフィーナの取り巻きの少女二人(双子の姉妹で、シルフィとセルフィと言う)も一緒だ。

 最近は大体このメンバーで集まってることが多くなった。



「ウィル兄様、フィオナさんを王宮にご招待すると言うことですの?」


「そういうことになるな」


 王子のウィルソンが『家に来てくれ』と言ったら、当然そういうことになる。


 唐突なのはいつもの事ではあるが、今日はいつにもましておかしなことを言い始めた……と、フィオナは眉をひそめた。



「そんな『何言ってんだコイツ?』みたいな顔も素敵だな、マイハニー」


「マイハニーはやめてください。キショいから。で……なんで急にお城に来てくれなんて……?」


 これまたいつも通りのやり取りをしながら、彼女は尋ねた。

 こうしてウィルソン達とは仲良く(?)してはいるが、自分はあくまでも平民……王宮など、とんと縁のない場所だと彼女は思っている。



「うむ。実は、これは口外しないでほしいのだが……」


 彼はそう言って声を潜める。


 その様子に、メイシアと取り巻き少女二人は『私たちも聞いていいのかしら……』と思わなくもなかったが、特に何も言われなかったので取り敢えずは黙ってその場に留まった。



「実は私の祖母が最近体調が優れなくてな……」


「え?マリアお祖母様が……?」


 ウィルソンの言葉に、レフィーナが驚きの声を上げ、心配そうな表情となる。


 二人の祖母であるマリアは現国王の母であり、先代王の正妃……つまり王太后である。

 そのような人物が体調面で不安を抱えているというのは、確かに気軽に話題にできるものではないだろう。



 しかし、フィオナからしてみれば……その話と、自分が城に招待されることが紐づかない。

 なので首を傾げながら疑問を口にする。


「それは確かに心配ですね。でも、それで何で私が王宮に……という話に?怪我をされたということなら魔法で治療することはできますけど、もしご病気だったら私には……」


 自分が呼ばれる理由としてはそれくらいしか思いつかない……と彼女は思った。

 しかし今彼女が言った通り、魔法で病気を治することは困難である。

 たとえフィオナが伝説の魔導士の記憶と力を持っているのだとしても。



「ああ、そういう理由ではない。たしかに病気なのだが、それに関しては専属の主治医が診てくれているし、病気自体もそれほど重いものではない。ただ……」


「ただ?」


「これまで大きな病を患うこともなく、ご壮健な方だったゆえの反動なのか……随分と気弱になられてしまってな」


「ふむふむ」


「『死ぬ前に、一目でいいから孫の嫁が見たい』などと言い始めて」


「なるほどなるほど。それは何とかしてあげたいですね…………ん?」


 前世では天涯孤独の身であったフィオナだからこそ、家族の情は大切にしなければと相づちをうちながら言うが……そこではた・・と気づく。



「……まさかとは思いますが?」


「私が将来の妻に……と考えてるのは、そなたしか「お断りしますっ!」……むぅ」


 ウィルソンにみなまで言わせずに速攻で彼女は拒否する。

 ……王族のセリフをぶった切って割り込むのは不敬であるが、それは今更なので誰も気にしてない。



「残念だが仕方ないか……代役を立てるわけにもいかないしな。……祖母はがっかりするだろうな」


 と、彼は悲しげに言う。

 ややうつむき加減で、ちら……と上目遣いでフィオナを見ながら。

 いかにも憐れみを誘う姿が実にあざとい。


 さらに。


「お祖母様……お可哀そうに……」


 レフィーナも悲しげに顔を伏せるが、やはりちら・・と視線をフィオナに向けている。



「う……そ、そんな顔をしてもダメなものは……」


 若干心動かされながらも彼女は心を鬼にして言おうとする。


 しかし。



「わたし、フィオナはお年寄りを大切にする優しい子だと思ってたな〜」


「「同じく〜」」


「メイシア!?取り巻きツインズまで……」


「「『取り巻きツインズ』はやめて〜」」



 それまで黙って成り行きを見守っていた三人から、まさかの不意打ちをくらうフィオナ。


 特にメイシアは、フィオナがウィルソンから言い寄られて辟易としていた事に同情的だったはずなのだが……

 ここ最近の二人の雰囲気から、『実はフィオナはそれほど嫌がってなさそう……?』と察して、むしろ仲を取り持つ方向に舵を切ってたりする。

 ウィルソンにこれまで浮ついた話もなく、一途にアタックし続けてることも彼女的にプラスたったのだろう。



 そして、そんな面々の圧に耐えきれなくなったフィオナは……


「……わ、分かったよ!分かりました!……でも、フリだけですからね!」


 とうとう彼女は王城に行くことを了承してしまう。


 かつての最強魔導士たる彼女でも、同級生からの押しには弱いのかもしれない。

 だが、かつての大魔導士としてではなく、今の彼女自身……『フィオナ』として接してくれるのは嬉しいことに違いないだろう。


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