大魔導士の研究棟


 アレシウス魔法学院の広大な敷地の一画に、ほとんど人が訪れない場所がある。

 そこは森になっていて、鬱蒼と生い茂る木々や草花に隠されるように、ひっそりと佇む古い建物があった。

 それは学院の創立以前から存在する石造りの堅牢な施設であり、千年以上の時を経ても朽ちることなく雨風に耐え忍んでいた。

 同じく長い歴史を持つ大講堂などに比べると、特に装飾なども施されておらず、質実剛健、実用一点張りといった雰囲気である。


 そんな、学院関係者であっても知る者がほとんどいない建物に……一体いつ以来なのか、訪問客の姿があった。




「ここが……アレシウス様の研究棟ですの?」


「なかなかの雰囲気だな……」


 周囲の光景も相まって不気味さを漂わせる建物にやや気後れしながら、レフィーナとウィルソンは呟いた。



「そう。……なんか昔よりも随分おどろおどろしくなってるけど」


 フィオナによれば、元々はここまで木々に囲まれていたわけではないらしい。

 今は、いかにも悪の魔導士の隠れ家と言った雰囲気である。




 さて。

 フィオナとウィルソン、レフィーナの三人は、王宮で王太后マリアと面会し……彼女が何者かによって呪いをかけられている事を知り、それを解決する方法を求めて急ぎ学院までやって来た。


 そして、この場には三人以外の人物の姿も。



「俺もここに来るのは初めてだな」


「フェルマン先生、休日にすみません」


「いや、今日は出勤日だから大丈夫だ。それより……許可はもらってるが、どうやって中に入るんだ?」


 三人以外の人物の一人、フェルマン教諭はそんな疑問を口にする。

 彼は、フィオナ達が研究棟を捜索するに当たって学院の許可を取り付けた際に、立会人として同行することになったのである。

 事の経緯も伝わっている。


 そして彼の疑問についてだが……アレシウスの研究棟は許可なく立ち入ることが禁止されているのだが、そもそも建物の中に入る事ができないのだ。

 当然、長い歴史の中で何度も調査が行われようとしたが……強力な魔法による封印が施されているため、それもままならなかったという。



「まさか、今の今まで破られてなかったとは思いませんでしたよ。まあでも、今回は助かりました。誰も中に入ってないなら……ディアナの魔道具も残ってる可能性が高いので」


 これも魔法が衰退した結果の一つか……と、フィオナは複雑な思いを抱くが、手付かずなのであればむしろ助かったとも思った。



 そして、そんなやり取りに戸惑いの表情を浮かべるのは、もう一人の人物。


「え〜と……なんで私も呼ばれたのかな?」


 恐る恐る声を上げたのはメイシアだ。

 学生寮の自室にいた彼女は、王宮から戻ってきたフィオナに連れ出されここまでやって来た。

 もちろん事情なんて知らないので、理由わけもわからずにいるのだが……



「メイシアにはそのうち言おうと思ってたんだけど」


「う、うん?」


「やっぱ親友だし」


「えと、そう思ってくれてるのはとても嬉しいのだけど……急にどうしたの?」


 突然のフィオナの言葉に、やはり理由もわからず彼女の戸惑いは深まる。


 フィオナとしては、ウィルソンやレフィーナに自分の秘密を知られているのに、親友たるメイシアには黙ったままでいるのが心苦しく、いずれ機会を見て話そうと思っていた。

 なので、丁度いいとばかりに暴露することにしたのだ。

 彼女を連れてきた理由は別にあるのだが。



「何を隠そう……実は私、アレシウス=ミュラーだったのです!」


 バーン!という感じで胸を張ってフィオナは言う。

 自分から正体を暴露したことは今までなかったが、だからこそなのかむしろノリノリな感じである。



「……はい?」


「だ・か・ら!私は、アレシウス=ミュラーの転生した姿なの!」


「……熱でもあるの?」


 ちょっと変わった娘だな……と、フィオナに対して常々思っていたメイシアだが、とうとうおかしくなってしまったかと心配になってしまった。



「流石に唐突すぎるだろう……」


「うむ。ドヤ顔も美しいな」


「確かに可愛らしいですけど……ズレてますわ、ウィル兄様。ともかく……フィオナさんが仰ったことは本当ですわよ、メイシアさん」



 と、レフィーナがフォローしてこれまでの経緯を説明する。

 かつて野外実習でフィオナの正体が判明し、この場にいるメイシア以外の者はその事実を知っていることを。


 当然それを聞いたメイシアは驚きを露わにするのだが……



「まあでも、フィオナはフィオナって事で良いのよね?」


 と、至極あっさりと言って事実を受け止める。


「さっすがメイシア!きっとそう言ってくれると思ってたよ」


 少し怖い気もしていたフィオナだが、これまでの付き合いから彼女なら大丈夫と信頼もしていた。



「前々からなんとなく不自然さは感じてたのだけど、そういうことだったのね」


「え……ごく普通の一般人って思ってたんじゃないの?」


「ないない。そんなわけないでしょ」


「……解せぬ」


 結局のところ、そんなものである。







「でも、自分から秘密を明かした相手は私だけなのよね。嬉しいよ」


「他の人に知られてなかったら、そのままだったと思うんだけどねぇ……」


「それで?王太后様のためにここまで来た……というのは分かったんだけど、何で私も?もちろん力になりたいとは思うけど……私なんかが役に立つの?」


 正体を明かすだけであれば、何も今でなくてもよかったはず。

 これまでの経緯の説明を受けても、この件に自分が呼ばれた理由が分からない……と、メイシアは改めて質問した。



「もちろん!……ま、そのうち分かるよ」


 そう言って彼女は明言を避ける。

 そして研究棟の入口に歩いていく。


 アレシウスの研究棟は石造りの堅牢なもので、入口は鉄製の両開きの大扉となっている。

 その他には一見して窓のようなものは見られない。


「結構あぶない実験とかやってたからね。とにかく頑丈にしてあるんだ。まあ、そういうのは大体地下でやってたんだけど」


 そう説明しながら彼女は鉄扉に手を当てる。

 それから……魔法の詠唱なのか、何事か口の中で小さく呟く。

 やがて彼女の身体が燐光を帯び始め、その光が手に収束して扉に吸い込まれていき……



「「「あっ!!」」」


 建物自体全体が光を放ち始め、フィオナ以外から驚きの声が上がった。


 フィオナが扉から手を離したあとも暫く光り続け、そのうち明滅を繰り返すようになり……そして何事もなかったかのように光は消えた。



「よし。これで入れるようになったよ」


 微笑みながら振り向いてフィオナは言った。


「結界が解除されたのか。しかし、千年もの間よく維持し続けたものだな……」


「施設の中心に地脈から魔力を補充するための装置があるんですよ。さあ、中に入りましょう」


 しきりに感心した様子のフェルマンの呟きに答えながら、フィオナは皆をそう促す。


 果たして、大魔導士の研究棟とはいかなるものなのか。

 そして、大呪術師ディアナの遺した研究成果……その中に解呪の魔道具を見つけることができるのか。



 千年の時を超えて封印を解かれたその場所に、ついに主が帰還を果たす。

 失われてしまったはずの、かつての叡智を求めて。


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