呪い
「お祖母様、お加減はいかがです?」
「……ウィルかい?……ごほっ……あまり、良くはないかしらねぇ……」
ウィルソンの言葉に弱々しく応えたのは、彼の祖母にして王太后のマリア。
成人近い孫がいるとはいえ、そこまで老齢と言うわけではないはずなのだが……病に臥せているためなのか、実年齢よりも老けた印象だ。
彼女はベッドに横たわったまま視線だけを孫の方に向けた。
「お祖母様……」
あまりにもやつれた彼女の様子に、一緒に部屋を訪れたレフィーナはショックを受け、心配そうに名前を呼ぶことしかできなかった。
「おや……レフィーナも来てくれたのかい……嬉しいわね……それに、そっちの娘は……」
「はじめまして王太后様。私はフィオナと申します。お加減が優れないところ押しかけてしまい申し訳ありません」
想像以上に彼女の病状が重篤そうであることに心配そうな表情を浮かべながら、フィオナは丁寧に初対面の挨拶をした。
現在、フィオナはウィルソンとレフィーナとともに王太后の寝室を訪れている。
王族一家とサロンで初対面したとき、本来の尋ね人である王太后がその場にいなかった理由をレフィーナが聞いたのだが……
ここ数日の間で急激に病状が悪化して、身体を起こすこともままならないとの事だった。
そのため、ひと目だけでも孫の婚約者(フリ)であるフィオナを彼女に見せよう……と、三人は直接寝室に向かうことになったのである。
「そう……あなたがウィルの……せっかく来てくれたのに、こんな
「お祖母様!無理なさらず、そのまま横になっていてください!」
楽しみにしていた訪問客を前に何とか身体を起こそうとするマリアに、レフィーナが慌ててそれを止めようとする。
(事前に王子から聞いていた話より、かなり病状は悪いみたいだね……短期間で急に、ということだけど……ん?)
レフィーナに押し止められ再びベッドに横になろうとするマリア。
その様子を見たフィオナは違和感を覚えた。
(いま何か……まさか……?)
彼女は自身の感覚と記憶から、一つの可能性を手繰り寄せる。
そしてそれを確かめるために、まずウィルソンに問う。
「王子、マリア様のご病気は……どのようなものなんですか?」
「それが……主治医も分からないと言ってるのだ。最初は軽い風邪のような症状だったのだが……」
その答えを聞いたフィオナは、顎に手を当ててしばし黙考する。
そのただならぬ雰囲気を察したウィルソンは、何かあるのか……と、彼女に聞き返す。
「フィオナ、どうしたんだ?気になることがあるのかい?」
「……はい。マリア様、少しお手に触れてもよろしいでしょうか?」
フィオナが真剣な様子でそう言えば、そこに何かを感じ取ったマリアは無言で頷いて手を差し出した。
「失礼します。……今から一つ魔法を使います。無属性の微弱な魔力を身体に流して状態を診る……というもので、危険はありません」
その説明に、マリアは再び無言で頷く。
その瞳に疑念の色はない。
彼女は王太后であり、病に倒れる前は政務にも携わっていた。
故に、フィオナの正体についても承知している。
彼女が命がけで
フィオナはマリアの手をそっと握って目を閉じた。
そして精神を集中させ、魔法を行使する。
「……
繋がれた二人の手に微かな光が灯り、それがマリアの身体に広がって吸い込まれていく。
その間、フィオナは目を瞑って集中したままだ。
そうしてしばらくすると……
「これは……やっぱり。間違いない……」
「フィオナさん、何が分かったのです?」
固唾をのんで見守っていたレフィーナがそう問いかける。
ウィルソンとマリアもフィオナに視線を向けた。
彼女はゆっくりと目を開き、厳しい表情で頭を振りながらそれを口にする。
「マリア様は…………
「「ええっ!?」」
「……!」
フィオナが発した衝撃の事実にウィルソンとレフィーナは驚愕の声を上げる。
マリアも驚いているが、二人よりは落ち着いた様子だ。
「マリア様はあまり驚かれてませんね?もしかして、気づいて……」
「いえ、呪いという事までは察知してなかったのだけど……普通の病気ではないとは思い始めていたわ」
当然のことだが……王太后たるマリアともなれば、国内でも特に名の知られた優秀な医師が診ている。
にも関わらず、どのような病気なのか特定することができず、病の進行を止めることができなかった。
「もしかしたら毒物の類か……とは先生たちも疑い始めていて、その線で検査する予定だったのだけど……まさか、呪いだったとは……」
「毒物の検査では分からなかったでしょうね。私の見立てでは、おそらく直ちに命を奪うほどの強力なものではありません。だけど、ジワジワと生命力を奪っていき……何も手を打たなければ、結果として衰弱死に至ってしまいます」
フィオナはそう言ったものの、ここ数日で一気に体調が悪化した事実からすれば、それほど時間に余裕があるわけでもない……と考えている。
そしてそれは、彼女の深刻な表情を見た三人もなんとなく察することができた。
「……フィオナであれば、治せるのだろう?」
ウィルソンがすがるように聞くが、フィオナは申しわけなさそうな表情でそれを否定する。
「すみません、私は専門ではないので……多少進行を遅らせることは出来るかもしれませんが、根本的に解呪するのは……。それこそ呪いをかけた当人か、よほど呪術に詳しいものでないと。ですが……」
フィオナは言葉を濁す。
と言うのも……
呪術というのは魔法の一つの系統ではあるが、禁術として忌み嫌われるものであり、魔法大国たるフィロマ王国でも現代ではまず使い手が存在しない。
かつては呪術による暗殺が横行した時代もあったらしいが、今ではすっかり廃れている。
それこそ、アレシウスの時代であればそれなりに研究者もいたのに……と、フィオナは思う。
「そんな……何とかなりませんの?」
レフィーナも懇願するが、当事者たるマリアは……
「ウィルもレフィーナも落ち着きなさい。フィオナさんも困ってるでしょう」
と、あくまでも冷静に二人を諭す。
しかしフィオナ自身は諦めたわけではなく、何か手立てがないかと考えを巡らせる。
そして一つの可能性に思い至った。
「そうだ、もしかしたら……」
「おお!何か手があるのか!?」
フィオナが漏らした呟きに、ウィルソンは喜色を浮かべて彼女におもわず詰め寄る。
「わわっ!?お、落ち着いてください!……まだ、確実に対処できると決まったわけではないです」
「でも、可能性が見えたということですわね?」
ウィルソンよりは落ち着いているものの、レフィーナもやや興奮した面持ちで言った。
「うん。……アレシウスの弟子の一人に呪術研究の第一人者がいたんだよ。その人なら大抵の呪いは解呪できたと思う」
「アレシウス様の……?でも……」
フィオナの示した可能性にレフィーナは疑問を浮かべるが、それも当然だろう。
アレシウスの弟子と言うことは……つまり千年以上も前の人物だから。
その人が現在まで生きているはずもない。
「……もしかして、フィオナと同じように転生しているのか?」
その可能性を考えたウィルソンが問うが、フィオナはそれを否定する。
「いえ。その可能性はないとは言い切れないですけど……。当人を頼るというわけではなく、研究成果が今も残ってるかもしれないんです。その中に解呪の魔道具もあったはず」
「そんなものが……それで、それはどこに?」
千年も前の魔導士の研究成果。
それが果たして、今も誰の目にも触れずに残っているものだろうか……
ウィルソンは一瞬そんな疑問は抱いたものの、フィオナを信じてその所在を聞いた。
そして彼女はそれに応える。
「アレシウス魔法学院。アレシウス=ミュラーの研究棟の中に、彼女の……大呪術師ディアナの研究室もあったんです」
彼女が明かしたその事実に、ウィルソンたち三人は驚愕するのだった。
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