愉快な王家



 フィロマ王国の王宮は、王都アレシスタの中心部にある広大な敷地の中にその威容を横たえる。

 長い歴史の中で幾度となく増改築を繰り返し、その規模は世界有数のものとなっていた。

 絢爛豪華でありながら、積み重ねた年月が醸し出す落ち着きのある雰囲気は、まさに一国の王が住まう宮殿にふさわしい佇まい。


 フィオナは王宮入口前に横付けされた馬車から降りると、そんな光景に圧倒される。


「うわあ……やっぱり凄いんだねぇ……」


 彼女は思わず感嘆の声を上げる。

 そして、やはり平民の自分には場違いだな……と彼女は改めて思った。



 それからすぐに王宮内から男性が現れ、二人の前にやってくる。

 いかにも執事らしき出で立ちの初老の男性で、その物腰からおそらくは王宮の使用人の中でも相応に地位のある人物と思われる。



「レフィーナ様、ご機嫌麗しゅうございます。フィオナ様も……本日はウィルソン殿下のためにようこそお越しくださいました」


「ご機嫌よう。案内よろしくお願いしますわ」


「えと……よろしくお願いします?」


 恭しく挨拶をする男性に慣れた様子で応えるレフィーナ。

 それとは対照的に、フィオナはやや面食らった様子だ。

 まるで貴族令嬢に対するような扱いに戸惑ったのだろう。



「それではご案内いたします。こちらへどうぞ」



 二人は使用人に案内され、王宮の奥へと進んでいく。


 フィロマ王宮は王族の住居であるとともに、国政の中心であり、また貴族階級の者達の社交の場でもある。

 それゆえ多くの役人や使用人、貴族階級の者達とすれ違い、その度にレフィーナは慣れた様子でにこやかに挨拶を交わす。

 フィオナも見様見真似でそれに倣うが、好奇の目を向けられて少し居心地の悪さを感じた。


 しかしそれも王宮の奥に進むにつれて疎らになる。

 さらに近衛が守衛に立つ王族の居住区画に入れば、すれ違う者もいなくなった。


 やがてたどり着いたのは大きな扉の前。

 案内役によれば、王族たちが集まって団らんを過ごすためのサロンとのこと。


 案内人が扉をノックすると、入室を許可する声が返ってきた。



(いよいよか。王子の家族……どんな人たちなんだろ?)


 これまで特に緊張する様子もなかったフィオナであっても、ここに至っては流石に表情が硬くなっている。


 ウィルソンに対しては王族に対する敬意は持ちつつも、既に友人といった感覚だ。

 しかし、初対面の王族に面会するとなれば多少緊張するのも当然であろう。


 そして、ゆっくりと扉が開かれ……レフィーナとフィオナはサロンの中に足を踏み入れた。






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






「おお、フィオナ!よくぞ来てくれた!心より歓迎するぞ!」


 その第一声はウィルソンだ。

 彼は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてフィオナを歓迎する。

 両手を広げて今にも抱きついて来そうだったが、それは何とか自重したようだ。

 彼の様子にフィオナは少し苦笑するが、まんざらでもない様子だった。


 そんなやり取りをソファから立ち上がって見守っているのは……

 彼の両親……国王夫妻と思しき男女。

 フィオナも面識がある異母兄のジョシュア。

 そして、フィオナよりもかなり年下に見える少女だ。


 フィオナは表情を改め、彼らに対して挨拶をする。


「みなさま、本日はお招きいただきありがとうございます。平民の身で尊き方々にお目通りがかなったこと、真に光栄の至りにございます」


 ドレスの裾をつまみ上げ片脚を後ろに引きながら頭を下げて口上を述べる彼女に、レフィーナや王族の面々はやや驚いたような表情を見せた。


 そしてフィオナの挨拶に応えるのは、ウィルソンの父……国王ウィリアムだ。



「何とも古式ゆかしい丁寧なご挨拶……さすがは、と言ったところですかな?こちらこそお会いできて光栄です、フィオナ殿」


 そう彼は挨拶を返し、相好を崩す。

 そうしていると、いかにも国王といった威厳あふれる姿から、人好きにする柔和な雰囲気となった。

 そして、一国の王にしてはあまりにも腰の低い物言いに、今度はフィオナの方が驚く。


 そして、チラッとウィルソンの方に視線を向けてから気になってることを聞く。


「えと、私のことは……」


「この場にいる者はみな承知しております。すなわち、あなたが古の大魔導士の魂を継ぐ者……ということを」


 その言葉にフィオナは頷く。

 国王やジョシュアは当然として、この場の王族は全員がフィオナの秘密を知ってるということだ。


(まあ、それは予想の範疇なんだけど……ちょっと複雑ではあるかな……)


 ずっと秘密にしておくつもりだったのに、かなりの人に知られてしまっているのは彼女の人生設計において大きな誤算だったことだろう。




「しかし……何ともお美しい。聞けば、ウィルソンばかりかジョシュアも初対面で求婚したとか?それも無理からぬことと思える」


「うふふ……この人もね、私に初対面でプロポーズしてきたのよ」


「え……アレって血筋なんですか?」


 王の言葉に続いてそう言ったのは、彼の隣に立つ同年代くらいの穏やかな雰囲の美女。

 そして彼女が語った事実に、フィオナはゲンナリしてしまう。



「あ、ご挨拶が遅れました。私はウィルの母、エリーセです。よろしくね」


 国王よりも砕けた雰囲気で王妃は挨拶をする。

 そして彼女は、自分の後ろに隠れて様子を伺っていた幼い少女に目をやる。

 年齢は十歳前後だろうか。

 幼いながらも顔立ちが整っており、将来はたいへん美しい女性に成長するであろうことは容易に想像できる。



「この子はウィルの妹、リリーナよ。ほら、ご挨拶なさい」


「……」


 母に促されても、少女はただじっとフィオナを見つめるだけで、何も言わない。


(な、何だろ?人見知り……と言うよりは、何だか敵意を向けられてるような……)


 初対面の小さな女の子にそんな目を向けられ、フィオナは戸惑う。



「ん?どうしたんだリリィ?ずいぶん大人しいが……」


 怪訝そうにウィルソンが言う。

 彼の言葉からすれば、普段の彼女は活発な娘なのかもしれない。


「……リリィです。よろしく」


 兄の言葉には応えず彼女は簡潔に挨拶し、それきりフィオナに目を向けることはなかった。



「あらあら……リリィは、お兄ちゃん大好きだから、フィオナさんに取られちゃうと思ったのかしら?」


 再び後ろに隠れてしまった娘に苦笑して王妃は言う。

 しかし、その言葉に反応したのはフィオナだった。



「え〜と、私は……その、王子とは……」


 今回の訪問はあくまでもフリ・・である。

 体調を崩した王太后を元気付けるための方便……そう言うことのはずだ。

 だが王妃の言葉は、フィオナがまるで息子の婚約者であるかのような雰囲気である。


 どこまで、どういうふうに話が伝わっているのか?

 フィオナは言葉をやや濁しながら、ウィルソンの方にもチラッと視線を向けながら、それを問おうとした。



「あぁ……ウィルから事情は聞いてます。母のために協力して頂いた……と」


 その王の言葉に、フィオナはホッと胸をなでおろす。

 どうにも外堀を埋められてる気がして心配になったのだが、ウィルソンはちゃんと約束は守ってくれるらしい……と、少し疑ってしまった自分を反省する。


 だが。



「あら、ウィルはフィオナさん以外の娘は眼中にないのでしょう?だったら、もう婚約しても良いのでは?それに……いくら人助けのためのフリ・・だとしても、好きでもない男のためにそんなことしないわよね?」


 と、王妃はノリノリの様子でそんな事を言う。

 どうやら彼女はフィオナの事をかなり気に入ってる様子だ。

 それと言うのも、ウィルソンが中々そういった相手を決めようとしてこなかった事の反動なのかもしれない。



「え?いや……べ、別に私は……。でも、ほら、私って前世は男ですし……」


 王妃の勢いに気圧されたフィオナはしどろもどろになりながら、何とか話を逸らそうとする。


 しかし。


「フィオナさんは、前世の記憶があってもアレシウス様とは別人格……って、仰ってましたわ」


「レフィーナ!?」


 それまで黙っていたレフィーナからの、まさかの援護射撃。


 そして更に……



「私は以前から、フィオナはフィオナだと言ってるぞ」


「え、ええ……そうでしたね……」


 ウィルソンがそう言えば、確かにそれはそうだと彼女は言うほかにない。

 ずっと……それこそ彼女の正体が判明したあとも一貫して変わらない態度に絆されている。

 いや、少なからず好意を抱いていると言っても良いだろう。

 それが恋愛的なものかどうかは別として。




「まあ、フィオナさんが陥落するのは時間の問題として……」


「陥落しないから!?」


「お祖母様はどうされたのですか?お加減が優れないとはいえ、そこまで深刻なものではないとお聞きしましたが……」


 レフィーナの知る王太后の性格なら、多少無理してでも一緒に孫の婚約者 (フリ)を迎えようとするはず……と彼女は思っていた。

 それが今この場にはいないということは……


 王族一家はその言葉に顔を見合わせる。

 それまでのにこやかな様子から一転して、その表情には暗い影を落としていた。



「実は……」


 レフィーナの問にウィルソンが応えようとする。

 そして彼の口から語られた話は、二人が思いもよらないものだった。


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