語られぬ歴史の舞台裏
フィロマ王国はアレシウス魔法学院を擁することから、魔導先進国としての地位を揺るぎないものとしているが……その実、建国されたのは学院の創設よりもあとの事である。
と言っても、それほど大きな差があるわけではなく……長い歴史からすればほとんど同時期といっても良いだろう。
「と言うか、初代国王のフィロマって……アレシウスの弟子の一人だったんだよね」
「え、そうだったのですか?それはもしかして凄い話なのでは……」
公爵家の豪華な馬車に揺られて王宮に向かっていたフィオナとレフィーナ。
窓の外から遠目に王宮の威容が見え始めたとき、ふと思い出したようにフィオナがそんな話をすると、レフィーナは初めて聞いた事実にたいそう驚いた。
「かつてこの辺りは大陸の中原で群雄割拠の様相を呈していて、戦乱が絶えない地域だったんだけど……
「アレシウス様と初代様にそんな繋がりが……。でも、なぜその話が今に伝わってないのでしょうか?」
歴史的な偉人同士が密接な関係にありながら、それが今ではまったく知られていないことが不思議で、レフィーナはそんな質問をした。
「喧嘩別れしたからね。アレシウスは人間同士の戦いに魔導の力を使うことは否定的だったから。だけどあの子は……戦乱の世を終わらせると言って、その突出した魔導の力を
そう言って彼女は悲しげに目を伏せた。
アレシウス自身も天涯孤独の身で生涯家族を持たなかったが、彼と似たような境遇だったフィロマや、幼竜キュリオスは彼の家族とも言える存在だった。
だから、袂を分かった事は辛い記憶なのだろう。
「でも結局……統一国家を樹立して長い平和を築き上げたのだから、あの子の行動は正しかったということだね」
先ほどの悲しげな様子とは一転して、今度は嬉しそうに言う。
例え自分と異なる道を進んでも、己の信念を貫いて大事を成し遂げた
「でも、その後にまた戦乱で多くの魔導士が犠牲となって魔法学の衰退を招いたことを考えると……アレシウス様のご意見も正しかったのだと思いますわ」
「そう……かな?まぁ、平和が一番だからね」
そう言いながら彼女は内心で考える。
もし仮にこれから戦争が起きたとしたら、自分の大切な人々……学院の友人たちや田舎の両親に危険が及んだとき、自分は果たしてどうするべきなのだろうか……と。
しかしその迷いもほんの一瞬のこと。
続いて口にしたのは別のことだった。
「そういえば……王子はフィロマに似てるかも。……まあ流石に千年も経ってるから、なんとなく程度だけど」
「あら……だとしたら、運命的な出会いだったのかもしれませんわね?」
若干からかうような声音のレフィーナに、フィオナはジト目を向けた。
「はぁ……すぐそっちの方向にもってこうとするんだから……あ、もう着くみたいだね」
二人が話をしているうちに、彼女たちを乗せた馬車は王都アレシスタの賑やかな目抜き通りを抜け、王宮の敷地に入ろうとしていた。
市街と王宮を隔てる堀にかかる大きな石橋を渡り、立派な門をくぐる。
そして馬車はそれからもしばらくの間、美しい庭園の中を走り抜けていく。
人通りの多かった市街の通りよりもスピードは少し上がったようだ。
「……さすがフィロマ王宮だね。門をくぐってからも長い長い……」
「この辺は一般にも開放されてますけど、フィオナさんは来たことはありますの?」
王宮の敷地の一部は何代か前の国王の時代に一般にも開放されるようになり、美しく手入れされた庭園は王都市民の憩いの場となっている。
今も馬車の外に視線を向ければ、そんな市民たちの姿がちらほらと見られた。
「ん〜、最初に王都に来たときに観光で一度だけ」
「そうですか。そう言えば……アレシウス様の時代と比べて、今の王都は如何です?」
千年前と現在と……街並みがどのように変わったのか、レフィーナは興味が湧いてフィオナに聞いてみた。
「そりゃあ、全然違うよ。千年前は地方都市に毛が生えた程度だったし、今の王都とは比べ物にならないね。昔の面影なんてほとんど無い」
その言葉が少し寂しげに聞こえるのは、レフィーナの気のせいではないだろう。
「あ、でも……学院のいくつかの建物は残っててビックリしたな」
「確かに、学院にも歴史的な建物がいくつかありますわね」
「大講堂とか図書館とかね。あとは……アレシウスの研究棟も」
「アレシウス様の……研究棟?それは聞いたことがありませんでしたわ」
千年以上の歴史を誇るアレシウス魔法学院には、創立当初からの建造物がいくつか存在する。
もちろん当時からそのままの状態と言うわけではなく幾度となく修繕が繰り返されているが、当時の面影は今も色濃く残っている。
そしてそれらの多くは今もなお現役で使用されているのだが……
「研究棟は、今は立入禁止になってるみたいだね。奥の方の誰も寄り付かないような場所だから、知ってる人も少ないと思う」
「へえ……そこには入ってみたんですの?」
「ううん、私は真面目な学生だもん。わざわざ怒られるような真似はしないよ」
「真面目……と言う割には、手を抜いてらっしゃるようですが?」
「それはまあ……しょうがないじゃない。目立ちたくないし」
彼女は、極力目立たず平穏無事に卒業する事が目的なので、余計なことはしないのである。
もっとも……『目立たない』ということについては既に計画が破綻してるようだが。
(そう言えば。あそこには色々と秘密があるんだけど……流石に千年も経ってるんだから、もうすっかり調べ尽くされてるかな?)
かつての自分の活動拠点、その『秘密』のことを思い出し、しばし彼女は物思いに耽る。
「どうしました?」
「……え?あぁ、なんでもないよ」
急に黙り込んだ事を訝しむレフィーナの問いかけに、フィオナは慌てて取り繕う。
「あ、ほら……今度こそ到着しそうだよ」
そして誤魔化すように彼女は馬車の外に目を向けて言うが、その言葉通りに王宮はすぐそこまで迫っていた。
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