転生の秘術


 フィオナがウィルソンから王宮に来てくれるよう頼まれてから数日後。

 彼女は学院の休日に実際に王宮を訪ねる事になった。


 その日、彼女は朝早くからレフィーナの家……公爵家の屋敷で王宮に上がるための諸々の支度をしてもらっていた。

 ウィルソンが事前にレフィーナに頼んでいたことなのだが、それがなくても彼女はそうしていただろう。





「ねえ、レフィーナ……わざわざ着替えなんて必要なの?というか、化粧とかも……こんなに大げさなことしなくても」


 鏡に映る自分の姿がどんどん変わってくのをぼんやりと眺めながら、フィオナはそんな疑問を口にした。


 いま彼女は、大きな三面鏡を備えたドレッサーの前に座らされ、メイドたちの手によって髪型を整えられたり化粧を施されている最中である。



「何をおっしゃいますか。王城に上がるのであれば、しっかり身だしなみを整えなければ。でないと……噂好きで口がさない王宮の人たちから馬鹿にされますわよ」


「そんなの、別にいいよ……。それに、私だってよそ行きの服くらい持ってるんだけど」


 少し口を尖らせて彼女は言うが、平民のよそ行き服などたかが知れている。

 それは彼女とて分かってはいるし、王宮にドレスコードがあるのも理解していた。

 それでもなお言い募るのは……要するに、まだ王宮行きを渋っているのである。




「……そんなにお嫌だったんですの?」


 フィオナの心情を察したレフィーナは、しかし不思議そうに問いかけた。

 確かにレフィーナもその場のノリに乗った面はあるが、フィオナが本気で嫌がることは彼女の本意ではない。



「べ、べつに……そこまで嫌ってわけじゃないけど。でも、ほら……何だか少しずつ外堀を埋められてる気がして……」


「あら……まあ確かに少しはそういう思惑もあるかもしれませんが、お祖母様が体調を崩されているのは本当ですからね。純粋に孝行したいのだと思いますわよ」


「そ、そうだよね……王子は真面目だし……優しいし」


 入学以来半年以上の付き合いから、フィオナもウィルソンの人となりは大体分かっている。

 品行方正で、あまり裏表を感じさせないところは好感が持てる。

 フィオナに対しては少々強引なところがあるのも、一途な想いの現れと受け取れなくもない。

 野外実習で暴君竜タイラント・ドラゴンと闘った際に彼女を身を挺して護ろうとした事からもそれは分かる。


 しかし。


「でも……なんで私なんだろ?」


 そこまで好意を寄せられることが、彼女にとって不思議でならない。

 彼女が大魔導士の生まれ変わりだから……と言うわけではないだろう。

 正体がバレる以前から言い寄ってきてたのだから。



「フィオナさんは自己評価が低いですわね……。殿方からみれば、あなたはとても魅力的な女の子だと思いますわよ?ウィル兄様が告白してなければ、遅かれ早かれ他の殿方は放ってはおかなかったでしょうね」


「……よく分かんない」


「ふむ……やはり前世のことからすれば、男性に言い寄られるのは嫌なんでしょうか?……女性がお好きなら、私はいつでもウェルカムなのですが」


 どこまで本気なのか……いや、割と本気な彼女の様子に、フィオナは困惑する。


「レフィーナも……」


「ふふ……ウィル兄様と私は同じなのだと思います。きっと、フィオナさんの魂が放つ光に魅せられてしまったのですわ」


 レフィーナも、フィオナが大魔導士の生まれ変わりと知る前から彼女に好意を寄せていた。

 二人とも優れた魔導の素質を持つが故に、より強大な力に惹きつけられたのだろうか?

 もしそうであるのなら、やはりフィオナが大魔導士の生まれ変わりだったからウィルソンは彼女を好きになった……とも言えるのかもしれない。





「……私はアレシウス=ミュラーの生まれ変わりだけと、本人そのものというわけじゃないと思う」


 いつのまにかフィオナの支度も終わったようで、手伝っていたメイドたちは部屋の外に出ていった。

 それを見計らって、彼女はそんなことを口にする。


「?」


 その言葉の意図がわからず、レフィーナは首を傾げ視線で続きを促す。



「アレシウスは『転生の秘術』を編み出す前に、『生命とはなにか?』というテーマについて研究していたんだ」


「『生命』……ですか?」


「うん。彼の研究によれば……生命というのは、『肉体』『精神』『魂』の三位一体揃ってこそ『個』として確立できるんだ」


 まるで他人の研究内容であるかのように彼女は語り始める。

 その話によれば……


 『肉体』は生命体の基礎であり、生命活動を行うための出力器官。

 経験を蓄積し、次代に命を繋いで進化の礎となる。


 『精神』は、生命体の在り様を決める。

 あらゆる生命体が共有する無意識領域の海……精神世界アストラル・プレーンと、そこに生じる波である意識領域が個性・自我を決定付けることで成り立つ。


 そして『魂』は生命を生命たらしめる根源だ。


 それぞれの要素は独立しつつも密接に結びつき、相互に影響・補完しあう。

 『肉体』と『魂』は記憶を共有し、『精神』に影響されて『魂』は個性を持つ。




「あくまでも仮説であって、実験的手法で証明できたわけじゃないんだけど……こうして『転生の秘術』が成功したことは、一つの裏付けが取れたと言えるかな」


 時間が取れればもう少し解明できた可能性はあるが、アレシウスがその研究を始めたのは晩年であったため、『転生の秘術』を理論的に構築するのが精一杯だった。

 それでも……当時としても現代でも、目覚ましい研究成果であろう。



「『魂』がとこから来て、どこに還るのか?それは分かってないのだけど、アレシウスが編み出した秘術は、死後去りゆく魂を保護して、それが適合する『器』に移植するんだ。……千年もかかったのは想定外だったけど」


「この時代でフィオナさんと出会えたのは、奇跡なんですのね……。それで、アレシウス様本人と言えないというのは……つまりそういうことですのね」


「そう。肉体と精神は別物だから。で、何が言いたかったかと言うと……」



 と、そこで少し口ごもるフィオナを手で制し、レフィーナがきっぱりと言う。


「例えきっかけがアレシウス様の魂に惹かれたことだったとしても……それも含めてフィオナさんはフィオナさんだと思いますわ。私は今の・・フィオナさんが好きですのよ。ウィル兄様もそう仰ってたでしょう?」


「レフィーナ……うん、ありがとう」


 それは彼女にとって一番嬉しい言葉だったかもしれない。

 正体が知られてから微かに感じていたモヤモヤが晴れたような気分だった。



 そしてレフィーナはさらに言う。


「アレシウス様ご本人そのものではないと言うことであれば……ウィル兄様とお付き合いする可能性が全く無いわけではないのかしら?」


「そ、それとこれとは話が違うと思うけど……」


 しどろもどろに応えるフィオナは、先ほどとは異なるモヤモヤを感じるのだった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「さて、それじゃあ……すっかり支度も整ったことですし、王宮に向かいましょうか?」


「……そだね」


 あれこれ話はしていたが、王宮に行くことにフィオナが乗り気ではないのは結局変わっていない。

 いずれにしても、平民の自分が場違いな場所に行くことの抵抗はあるのだ。

 しかし約束してしまった以上は反故には出来ない……と、彼女は重い腰を上げる。



「……仕方がない。まあ、王太后様に挨拶したらさっさと帰ろっと」


「……果たして、そうすんなりと帰してくれるかしら?」


「ん?何か言った?レフィーナ?」


「いいえ、何でもありませんわ」


 ボソッと漏らしたレフィーナの呟きはフィオナには聞こえなかった。





 そして二人は公爵家の屋敷をあとにして、王宮に向かうのだった。

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