時を超えた再会



 アレシウスの研究棟に足を踏み入れたフィオナたち。

 開け放たれた入口から外の光が差し込むが、それも僅かな範囲を照らすのみ。

 空気感から何となく広々としたエントランスであることが察せられたが、その全容は闇に包まれてようとして知れず。



「真っ暗……ですわね」


「ちょっと待ってて。いま明かりを点けてもらう・・・・・・から」


 まるで誰かに頼むようなフィオナの言葉に、他の面々は首を傾げる。

 そんな彼らの戸惑いをよそに、彼女は何かを探すように周囲を見回す。



「結界が維持できてたんだから、多分まだ生きて・・・るはずだよね……?アレク、聞こえる?」


 そういって誰かに呼びかけるフィオナ。

 しかし、しばらく経ってもそれに応えるものはない……



「あれ〜?……やっぱり千年も経ってるとダメなのかな……。仕方がない、自分で……」


 と彼女が言いかけたときの事だった。

 どこからともなく、何者かの声が響き渡る。


『これは……どういうことでしょう。あなたはアレシウス様……?それにしては……』


 戸惑うようなその言葉は抑揚のない男性のものらしき声だが、依然として姿は見えない。

 しかしフィオナはホッとしたような笑顔を見せて、その言葉に応える。


「あ!アレク?よかった〜、やっぱり生きてたんだね」


『……その仰りよう、やはりアレシウス様?確かに魂魄と魔力パターンは一致するようですが……生体認証にエラーが出てます。これはどういう事でしょう……?』


「あ、そっか。え〜と……ほら、ここでアレシウスは『転生の秘術』を研究してたじゃない?それが成功したんだよ。魂と記憶はアレシウスのものを引き継いでるけど、身体は別ものなんだ」


 姿の見えぬ何者かと、フィオナの会話が続く。

 他の面々はそのやりとりを黙って聞いているしかなかったが、何となく『アレク』と呼ばれた人物がアレシウスの使用人のようなものなのだろうと察した。



『なるほど、承知しました。では、パーソナルデータを更新しておきます』


「あ、今の名前はフィオナって言うから。よろしくね」


『フィオナ様ですね。こちらこそよろしくお願いします。では改めて……お帰りなさいませ、マスター・フィオナ』


 その瞬間……パァッ、と眩い光が闇を振り払った。

 フィオナたちは暗闇に慣らされていた目を細める。

 それもやがて徐々に慣れてくると、その場所の全容が明らかになった。


 そこは広々としたエントランスホールとなっていて、研究施設の玄関というよりは貴族の屋敷のような瀟洒な雰囲気だった。



「まあ……アレシウス様は随分とお洒落な方だったのですね」


「フィオナは普通……というか全然オシャレには無頓着なのに……」


 室内の雰囲気にレフィーナは感嘆の声を上げ、メイシアは残念そうにフィオナを見て言う。



「失礼な。普段は目立たないように地味にしてるだけだよ。センスがないわけじゃないからね!」


「フィオナはどんな格好でも美しいからな」


「……まあ、ここの内装はアレシウスの弟子の一人が凝った結果なんですけど」


 フィオナなら何でもアリのウィルソンの言葉に、むしろ居たたまれなくなった彼女はそう暴露する。




「それはともかく……アレク、この人たちは私の友人と、お世話になってる先生だよ」


『お客様、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私は当施設の管理を行っておりますアレクセイと申します。どうか気軽にアレクとお呼びください。あいにくと身体のほうがメンテナンス中で、声のみでご挨拶する無礼をお許しください』


「いや……丁寧な挨拶、痛み入る。あ〜……フィオナ、彼はどういう人物なのだ?どこか身体を悪くしているのか?」


 代表してウィルソンが挨拶を返し、次いでフィオナに疑問をぶつけた。


「アレクは今彼が言った通り、この研究棟の管理……掃除とか修繕とか来客対応とか……とにかく色々なことをやってくれてるんですけど。人間ではなく……アレシウスが生み出した魔法生命体です」


「魔法生命体だと!?それは、伝説でのみ語られ…………っと、フィオナ自体が伝説の存在だったな」


 今では失われたはずの存在であることを明かされたフェルマンは、興奮のあまりフィオナに詰め寄ろうとするが、そもそも彼女自身が伝説の存在だった……と思い直した。



「もうここの結界は解いたから、学院の方で調査してもらっても構わないですよ」


「本当か!?」


 フィオナの言葉に、再びフェルマンは興奮する。

 古の大魔導士の遺産の数々が明らかになるのであれば、魔法学に携わる者としては当然の反応だろう。



「ええ。もうとっくに調べ尽くされてると思ってましたから……。それより、アレク?身体がメンテナンス中って……もしかして色々不足してる感じ?」


「はい。施設の維持管理を優先して、私の身体の方は最低限のケアに留めてましたが……流石にそろそろ心許なくなっております」


「うわ〜、ごめん!もっと早く来れば良かったよ」


「とんでもございません。命あるもの、いつかは滅ぶのが必定。しかし、その命ある限りここを護るのが私の役割でございますれば……再びあなた様とお会いできた喜び、筆舌に尽くしがたく思います」


「大袈裟だねぇ。まあ、私もまた会えて嬉しいよ。物資の方は後でなんとかするね。それで、今日ここに来た目的なんだけど……」



 そう言って彼女はこれまでの経緯を説明する。


 フィオナ……かつてのアレシウスは、弟子たちの研究内容はざっと確認はしていたのだが、踏み込んだ詳細までは把握してるわけではなかった。

 一方で、施設の雑事を一手に引き受けていたアレクであれば、ディアナの研究成果や製作物の管理も行っていたはず……との期待もあった。



『ディアナ様の……それでしたら、確かにあの方の地下研究室に収蔵されていたかと思います』


「おお!やっぱりあるんだね!」


『はい。ですが……』


 目的の品が確かに存在することは認めるアレクであったが、その後何かを言おうとして言葉を濁す。

 しかし、それだけでフィオナは彼が何を言おうとしたのかを察する。


「あぁ……やっぱり一筋縄ではいかないのか」


 どうやら予想はしていたようで驚きは見られないが、どこか疲れた様子で彼女は呟く。


 そして、同行した面々を振り返って……


「と言うことで……みんな、頑張ろうね!」


「「「……?」」」


 フィオナの言葉の意味がわからず、彼らはお互いに顔を見合わせるのだった。


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