変人
アレシウスの研究棟、そのエントランスは貴族の邸宅のそれを思わせるような雰囲気だったが、奥へと続く扉の一つを潜るとそれは一変する。
緩やかにカーブしながら下るスロープ状の廊下が扉から続き、一行はそこを進んでいく。
フィオナによれば、地上に建っている上屋はエントランスの他、応接室や談話室、食堂、寝室……と言った生活スペースとなっているらしい。
「もともとは地上だけだったんだけど、地下に施設を拡張したときに研究エリアはそっちをメインにして、上屋は来客用の居住スペースにしたんだ」
「こんな大規模な施設だったとは……上の建物からは想像もつかなかったな」
フィオナの説明にウィルソンは感心した様子で呟く。
他の面々も似たような反応だ。
「驚くのはまだ早いですよ?」
彼らの反応を見たフィオナは、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った。
「もう十分驚いてるんだけど……これ以上、何があるっていうの?」
「それは見てのお楽しみ……ってことで」
メイシアの疑問にも彼女はもったいぶる。
やがて長い下り坂にも終わりが見えてきたようだ。
一行の行く先に扉が見えてきたのだ。
その扉の向こう側こそ、この施設の中核とも言える場所らしい。
何の変哲もない木製の両開きの扉だったが、フィオナ達が近づくとひとりでに開いていく。
少しずつ広がる隙間から光が漏れ出す様に、フィオナ以外の面々はまるで屋外に出るような錯覚を覚える。
そして、その光景を目にしたとき。
「「「「…………」」」」
一同、絶句。
それは、にわかには信じがたい光景だった。
「馬鹿な……俺達は確かに地下に降りてきたはずだ。しかし、ここはまるで屋外じゃないか……」
フェルマンが呆然と呟く。
彼の言う通り、長い廊下の先の扉をくぐり抜けてやって来たのは、どう見ても屋外にしか見えない広場だった。
空を見上げれば青空が広がり、天頂には太陽すら燦然と輝いているではないか。
他の面々もただ呆然となって立ちすくむだけだった。
「これはまさか……大規模な空間干渉なのか?」
「さすがフェルマン先生。その通りです」
未だ衝撃から抜けきれていないフェルマンの呟きを、フィオナは肯定する。
彼女の話によれば、地脈の魔力を利用して空間魔法を恒常的に維持しているとのこと。
そして一見して屋外のように見えるが、壁面に外の映像を投射しているらしい。
「凄い技術だ……千年前はこれが当たり前だったのか?」
「いえ。自慢じゃないですけど……当時でも最先端の研究施設たったっていう自負はありますね」
ウィルソンの問いに、少し得意げにフィオナは答えた。
魔法学の全盛期とも言える千年前でも最先端だったということは、現在では想像もつかない領域にあるということ。
改めて凄い所に来たのだと、一行は感慨深げに周囲を見渡した。
「結界のときにも聞こうと思ったんだが、そもそも『地脈』とは……?」
そう聞いたのはフェルマン。
彼も学院の教師として興味が尽きないことだろう。
「『自然魔力』はご存知ですよね?」
「ああ。俺達人間や動植物が持つ魔力とは別に、自然界に存在する微弱な魔力の流れのことだろう?近年の研究では、この星そのものが生物と同様に魔力を帯びていて地表に放出している……という説が有力視されている」
「その説は正しいです。実験や観測から証明されてました。そして『地脈』……『龍脈』とも言いますが、特に高密度の魔力の流れのことを指します。それは生物の血流みたいに星全体を循環していて……それらが集中するポイントを『龍穴』と言います」
フィオナは皆を先導して歩き始めながら、そのように説明する。
彼女が言うには、この施設がある場所はまさに龍穴上であり、そこに集まる魔力を研究や施設の管理に活用していたとのことだ。
結界の維持もその一つ。
そして、この広大な地下空間も地脈の魔力の賜物というわけだ。
そして彼女は広場を横切って、そこに面した建物の一つに向かう。
その途中で、何となく中空に視線を向けながら……
「アレク、ディアナんとこの鍵を開けといてくれる?」
『はい。解錠はしました。ですが……』
「ん、分かってる。あとは私たちがなんとかするよ」
そのやりとりにウィルソンたちは顔を見合わせる。
どうやら、ただ捜し物をするだけではすまなさそうな雰囲気を感じだったのだが、どういうことなのかが分からなかった。
「ねえフィオナ……いま『私たちがなんとかする』って言ったけど……何をするの?もしかして、私が呼ばれたのが関係してる?」
アレクとの会話を聞いて疑問に感じたことを、メイシアが代表して聞いた。
振り返ったフィオナは、ちょっと苦笑いのような表現を浮かべるが……
「ん〜……ま、行ってみれば分かるよ」
と、言葉を濁すに留めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、フィオナたち一行がやって来たのは……呪術師ディアナが研究場所として使っていたという建物だ。
それは地上の建物にも匹敵するくらいの大きさがあった。
周囲に見られる他の建物もだいたい同じくらいだ。
その事実だけでも、この地下空間がいかに異常な場所であるかが窺えることだろう。
漆喰で塗り固めたような平滑で継ぎ目が見当たらない白い壁面で、ごくシンプルな直方体の形状。
入口の扉を以外には小さな窓がいくつかあるだけで、生活感の感じられない如何にも研究施設と言った雰囲気である。
「ここだよ。…… じゃあ、入ろうか」
フィオナは入口の飾り気のない鉄扉に手をかけ……何故か少し躊躇いを見せたあと、扉を開けて中に入った。
彼女を先頭にして一行が中に入ると、地上の建物に入った時と同じように暗闇が迎えたが、すぐに明かりがついた。
部屋の中は外観と同じように、装飾も調度品の類も全く無いシンプルな白い空間。
入口の扉のほか、三方にそれぞれ扉がある。
フィオナは正面の扉に歩み寄り、一行もぞろぞろと着いていく。
その扉には張り紙がしてあった。
「……警告?」
ウィルソンが眉をひそめて呟きを漏らす。
彼が言った通り、張り紙には大きな文字で『警告』と書かれており、その下にはそれよりも小さな文字で何事かが書いてあった。
「『これより先の立ち入りを厳に禁ずる。この警告に従わず先に進む者には災いが降りかかるであろう。それでもなお先に進もうとする者よ。その勇気に敬意を表し、試練を乗り越えた者には入室の許可を与えん』……なんですの、これは?試練とは……?」
警告文を読み上げたレフィーナが疑問を口にする。
「そのまんまだよ。この先には色んな仕掛けがあって、それを突破しないと目的の場所にはたどり着けないんだ」
「セキュリティってことか」
「それもありますけど、どちらかと言うとディアナが誰にも邪魔されずに研究に没頭したい……っていうのが理由ですね」
当時の最先端の研究が行われていたと言うこともありセキュリティという意味もあったのだろうが、フィオナが言ったような理由が大きいらしい。
「あの娘、ほっとくと寝食も忘れて何日でも籠もるから……私や他の弟子たちも何度か生存確認のために入ってるんだけど、毎回仕掛けが変わるから大変なんだよね」
その時のことを思い出しているのか、その表情は苦々しげだ。
「……ディアナ様とは、どのような方だったのです?」
レフィーナは気になって聞いてみた。
どうにも変わった人物のように思えたのだが……
「いい娘だよ。呪術なんて研究してたけど、それも呪いで苦しんでる人を助けるためだったから。解呪のための研究だったってことだね」
「呪術なんて聞くとおどろおどろしいイメージだけど、優しい人だったんだね」
ディアナの人となりを聞いたメイシアが感想を口にすると、他の面々も頷く。
そのような人物であれば、今回の目的である解呪のための道具を作り出したことも納得である、と。
しかし。
「……私は何度も呪いの実験台にされたんだけど。最終的に私には耐性が付いちゃったから、他の子たちも餌食になってたし」
続くフィオナの言葉には、一同引きつった笑みを浮かべた。
再び『呪術師ヤバい』というイメージに戻ってしまったのは致し方ないだろう。
「まあ、変わった娘だったね。魔導の研究に没頭するような人は多かれ少なかれそうなんだけどさ」
そのセリフに、一同の視線が彼女に突き刺さった。
「な、なに?その目は……?私はフツーだよ!」
歴史上で最も魔法研究に没頭したと言っても過言ではない大魔導士の、その転生者の自覚なき叫びであった。
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