第2話



 落ちこぼれと言われながらも…言われている当人は全く気にせずに、授業は退屈ながらも日々の学院生活を楽しんでいる。


 フィオナにとって楽しみなのは、友人と他愛のない話をしたり、一緒に街に出かけたり……何の変哲もない学生生活こそが、かけがえのない大切なものと感じていた。






「ねぇフィオナ、昨日はゴメンね。ちょっと用事があったから先に帰っちゃったけど……またレフィーナ様に絡まれたんでしょ?」


「あ〜、うん、まぁ大丈夫だよ。それにあの人……悪い人じゃないみたいだし」


「そうなの?何かいつもイヤミっぽい事言ってくるけど」


「心配してくれてアリガトね、メイシア。私も最初はイヤミを言われてるのかな…って思ったんだけどさ。どうも純粋に心配してくれてるみたいなんだよね……」


「ええ〜?本当に?」


「いや、確信があるわけじゃないんだけど。昨日は逃げちゃったけど、もしそうならちゃんとお話ししないとね」


「……あなたってほんと、お人好しよね」


「そう?」


「そうよ」


 授業が始まるまでの時間、友人のメイシアと話をするフィオナ。


 メイシアとは学院に入学して初めて会ったときから何となく気が合って、直ぐに友人になった。

 彼女は男爵家の令嬢ではあるのだが、あまり貴族令嬢らしくなくサッパリとした気質で、誰とでも気兼ねなく話すことができる。

 平民のフィオナにとっては、貴族階級の者が多い学院の中では有り難い存在と言えた。



「まあ、レフィーナ様がそんな方なら良いのだけど。……そうすると厄介なのはあっちか」


「あっち?」


「ウィルソン王子よ」


「あ〜……って、噂をすれば……」


「あちゃ……」



 二人で話をしているところに一人の男子生徒が近付いてくる。

 それに気が付いたフィオナは露骨に顔を顰める。

 本来はそのような態度をとって良い相手ではないのであろうが、メイシアもそれを咎め立てる事はしない。

 『学院では身分によらず平等』と言う、半ば建前なのだが表立っては破ることも出来ない規律を盾に、彼女たちは居直るつもりだ。



「おお、今日も我が婚約者フィオナは美しいな!」


 のっけから恥ずかしげもなくそんな事を曰うウィルソン王子。

 フィオナの願い虚しく注目を浴びる事になるが、もはや日常の光景とも言える。

 毎度のことではあるが、フィオナは取り敢えずツッコミを入れておく。


「いや、婚約者じゃないです。それはキッパリお断りしましたでしょう?」


「ふふ……照れなくても良いではないか」


「いえ、照れて無いです。イヤなんです」


「我が愛しのフィアンセは慎ましやかなのが良いな」


「…………(聞いちゃいねぇ……)」


 何度否定しても滅気ずに……というより自分の都合の良いように解釈する王子に目眩を覚えるフィオナ。

 彼女の心情を慮ってメイシアが耳打ちする。


「(もうすぐで授業が始まるから少しの我慢よ)」



 もはや何を言っても無駄と悟っている二人は、王子が美辞麗句を並べるのを聞き流しながら授業が始まるのを今や遅しと待つのである。

 それもまた、いつものことであった。




 この国の第二王子であるウィルソンは、眉目秀麗で成績優秀、性格も悪くなく女生徒にとっては憧れの存在だ。

 第二王子だが正室の子である彼は何れ王太子、国王となる身である。

 見初められれば将来の王妃になれるとあって、特に貴族令嬢からは学院で一番の『優良物件』と見られている。


 そんな彼は現在学院の二年生なのだが、これまで特に浮ついた話も無かった。

 しかし、フィオナが入学してくるやいなや、教室まで押しかけてきて突然プロポーズを敢行したのだ。

 当然ながらその場に居合わせた誰もが驚き、女生徒たちは悲鳴を上げた。

 もちろん玉の輿などに興味は無く、目立ちたくないフィオナは速攻で断ったのだが……以後、今のようなやり取りが行われるのが日常となる。


 ……やはり、フィオナの願いとは裏腹に目立ちまくりなのである。




「王子、私のような平民の落ちこぼれをフィアンセなどと言うのは、将来王位を継ぐ王族としては問題なのでは無いのですか?」


 王子の言葉を聞き流していたフィオナであったが、とうとう我慢できずにそう言った。


 彼女の言い分は尤もだ。


 将来の王妃ともなれば家柄、容姿、能力……あらゆる点で優れた女性が求められる。

 相応しくない女性を王妃に選ぶようでは国民から非難されかねないだろう。


 しかし、王子は言われた意味が分からないとばかりにキョトンとして言う。



「何を言ってるのだ?フィオナが落ちこぼれなど、何の冗談だ?そなたほど優秀なものはいないだろうに」


 心底不思議だと言わんばかりの王子。

 これにはフィオナの方が面食らう。

 周囲からもどよめきが起きる。


(え……?どう言うこと?……この人まさか、私の力が分かるの?)



 この時代の魔導師のレベルでは、自身の真の実力など看破できない……そう思っていたフィオナであったが……



「お〜い、もう席につけよ!授業が始まるぞ!……王子も自分の教室に戻ってくださいよ」


「おっと、もうそんな時間か。もっと愛しのフィアンセと話がしたかったが仕方あるまい。また会おう、フィオナよ」


「……もう来なくても良いですよ」


「はははっ!ではな!」


 高らかな笑い声を残して、ウィルソン王子は教室を出ていく。



「……ブレないねぇ、あの人も」


 しみじみと呟いたメイシアの言葉に、フィオナはコクコクと頷くのであった。













 そして今日も授業が始まる。


 基本的には午前中は座学、午後は実技である事が多い。

 その例に漏れず、本日最初の授業から魔法歴史学が始まる。

 フィオナにとって大半の授業は退屈なものだったが、魔法歴史学に関しては密かに楽しみにしていた。


 前世の自分が死んでからの歴史は非常に興味があった。

 もしかしたら、現代の魔法学が衰退した理由も分かるかもしれない。



 教鞭をとるのは、いつも気難しそうな表情のファーガス教諭。

 生徒の中には苦手とする者もおり、彼自身も生徒との馴れ合いを好まず一歩引いた姿勢なのだが、授業は座学も実技も非常に分かりやすいため教師として慕う者も多い。

 歴史ある魔導の最高学府に相応しい教師と言える。


 彼は教室に入って教壇に立つなり、無駄な話など一切することなく授業を開始した。















「……であるからして、かつて栄華を誇った魔法学は衰退せざるを得なかったのだ。度重なる大戦によって多くの貴重な学術書が失われ、優れた魔導士は戦闘に駆り出され命を落とし……挙げ句、戦争で得るものなど何も無かった。これは我々の最大の汚点として後世まで語り継ぎ、二度と同じ悲劇を繰り返してはならぬと教訓にしなければならない」


 熱の籠もった授業は、そう締め括られた。



(……千年の間にそんなことがあったのか。全く……せっかく後世の為にと色々な研究成果を残して、この学院まで創立したというのに……人の業とはかくも愚かしいものか)


 フィオナにとって初めて聞く話が多かった歴史学は非常に興味深く、授業も彼女にしては珍しく集中して聞いていたが……魔法学が衰退した理由を知るにつけ、内心で呆れて溜息をつく。


 そして……


(まぁ、再び私が表舞台に立つつもりはない。壊滅的な状況からここまで持ち直したのは確かに先人たちの努力の賜物だ。私みたいなイレギュラーがしゃしゃり出るのは歴史の流れから見ても不自然だろう)


 そのように結論付けるのであった。















 午後の授業は実技となる。


 この学院に入学できるほどの者ともなれば、既に魔法の一つや二つは使えるのが当たり前だ。

 だが一年生のうちは、基本的に徹底して基礎を繰り返すことに費やされる。




「座学より実技の方が楽しいのは確かなんだけどさ、毎回基礎、基礎、キソばっかりってのも飽きるわよね〜」


 メイシアがそんなことを言う。

 それは大体の生徒もそう思っているだろう。


 そして、まだ魔導士の卵である一年生ですらそう思うのであれば……フィオナにとっては尚更退屈に感じられるだろう。


 もちろん、彼女は基礎である魔力制御の大切さは誰よりも理解しているし、毎朝の日課として魔力制御の訓練は欠かさず行っている。

 だからメイシアの言葉には曖昧に頷くだけだ。


 だが、かつての大魔道士であるフィオナ以上に魔力制御が優れた魔導士などそうそう居るはずもなく、彼女にとってはわざわざ授業で訓練するのは時間のムダと思えるのも事実だった。




「あら、落ちこぼれさんがそんなこと言ってて良いのかしら?初級魔法もろくに扱えないあなたは基礎が飽きるなんて言える立場じゃないでしょうに」


 メイシアの言葉を聞き咎めた女生徒……レフィーナの取り巻きの一人……が、メイシアではなくフィオナを蔑んだ目で見ながら挑発的な言葉を投げかけてきた。


(……私、何も言ってないんだけど)


 釈然としないながらも、なんと答えるべきか悩んでいると、女生徒は無視されたと思ったのか侮蔑の表情を怒りに変えて捲し立てる。


「私を無視するなんて、随分と調子に乗ってるわね!!ウィルソン王子に気に入られているからって、いい気にならないでよね!!」


「いや、気に入られるもなにも……王子には迷惑してるんだけど」


 止せば良いのに思わず本音がポロッと出てしまう。


 それが火に油を注いでしまい、女生徒は顔を赤らめて益々激昂しかけるが……



「どうしたんですの?」


「あ、レフィーナ様……い、いえ何でもありません!」


「そう?……もうすぐ授業が始まりますわよ。お喋りもそのくらいにしておきなさいな」


 レフィーナが登場したことにより女生徒の怒りは霧散し、彼女たちはフィオナとメイシアから離れていく。


 その去り際……レフィーナは取り巻きに気付かれないように、意味ありげにフィオナに目配せをしてくるのだった。







「ほら、やっぱり良い人なんだよ」


「う〜ん……そうみたいだね」


 今度機会があったら、ゆっくり話してみるのも悪くない……フィオナはそう思うのだった。

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