第4話
あの魔法実技の授業から……フィオナを見る目が少し変わった。
魔力量の点では未だ侮る生徒もいるのだが……正確無比な魔法の行使という点においては一目置かれるようになったのだ。
(……まぁ、好き好んで馬鹿にされたいわけじゃないんだけど。これ以上目立つのは避けたいなぁ)
自分が大した事ではないと思っていた事で驚かれた事にこそ驚いたものだが……魔法の衰退はそこまで深刻なのかと、かつて学院を創立した身としては嘆かずにはいられなかった。
流石に、多少は何とかしなければ…と言う思いも。
「フィオナ〜!」
「あ、メイシア。お昼ごはん行く?」
「うん!」
午前の授業が終わり、二人は昼食のため食堂に向かう。
学院は貴族が多いので食事のメニューはかなり豪勢なものが用意されている。
庶民感覚で言えば高級レストラン並みだ。
学院入学には然程乗り気ではなかったフィオナも、こればかりは大いに喜んだ。
「んふ〜……今日も美味しそうだね〜」
「……相変わらず量がおかしなことになってるわね」
フィオナの盛り付けを見てゲンナリしながらメイシアは言う。
見ているだけで胸焼けしそうなほどの量……いったいフィオナの細い身体のどこに入るのだろうか?と彼女はいつも不思議に思う。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
「んぁ?ふぁれ?れひーなしゃん、ろうぞ〜」
「食べながら喋るのは行儀が悪いわよ、フィオナ……。って!?レフィーナ様もそんなに食べられるのですか!?」
声をかけてきたのはレフィーナだった。
珍しいことに取り巻きの女性たちを連れていない。
メイシアは、食べながら喋るフィオナを窘めながら何気なくレフィーナの方を見ると……フィオナに負けず劣らずの料理を盛り付けたトレーを持っているのに驚くのだった。
「あら、ご存知ありませんの?総魔力量の多い人が魔力を消耗すると、とにかくお腹が減るのですわよ」
ちら……と、フィオナを意味ありげに横目で見ながら説明する。
「んぐっ!?」
「あぁ、ほら!言わんこっちゃない……よく噛んで食べなきゃダメでしょ。ほら、お水」
喉に詰まらせて苦しむフィオナを甲斐甲斐しく世話するメイシアを、羨ましそうに見るレフィーナ。
「仲がよろしいんですのね」
「へ?……まぁ、友達ですから」
「友達……。出来れば、その……私も……」
「おお!!フィオナよ、こんなところに居たのか!」
レフィーナが口籠りながら何か言おうとした矢先、更に声をかけてきたのは……
「あ、王子……」
ウィルソン王子に見つかったフィオナは露骨に顔を顰める。
なるべく目立たないようにと食堂の端の方の席に座っていたのだが……悲しいかな、フィオナの容姿は物凄く目立つのだ。
かなりの確率で王子には見つかる。
「ここ、良いかね?」
「ダメです」
「では、となり失礼するよ」
「確認した意味が無ぇ……」
フィオナの断りの言葉を完全スルーして、彼女の隣に王子は座った。
王子イヤーは、都合の悪い言葉は聞こえない。
なお、王子のトレーにも料理が満載されていて、メイシアは益々食欲が失せる。
そして話の邪魔をされたレフィーナは鬼の形相で王子を睨むが、彼はそれも完全にスルーするのであった。
「どうだい、学院生活は?もう慣れたかい?」
「……お陰様で。楽しく過ごしてます」
先輩らしい気遣いに、フィオナは素直に答える。
授業は少々退屈だが、学院生活そのものは楽しいと思うのは、彼女の偽らざる本心だ。
二度目の人生を謳歌出来ていると感じている。
「そうか、それは良かった。私もフィアンセが学院生活を楽しんでくれて嬉しいよ」
「フィアンセじゃねぇっての……」
「フィオナさん、言葉遣いが悪いですわよ」
謳歌……出来てるはず。
「そう言えばウィル兄様?」
「なんだい、フィーナ?」
王子と公爵令嬢、国の最上層に属するだけあって二人は知り合い……と言うより、実は従兄妹だったりする。
お互いに愛称で呼び合い親しげに会話を始めた。
なお、大量の料理は既に三人とも殆ど平らげている。
「来週は遠征実習でしたわね?」
「あぁ……そうだね。暫く愛しのフィオナに会えないと思うと……私は切ないよ」
「遠征実習?」
王子の寝言はまるっと無視して、フィオナは気になった単語を呟いた。
「え?フィオナ知らないの?だって、あなた……」
「知らないよ」
「はぁ……ホントに学院の行事に興味が無いんだから……」
そう嘆きながらもメイシアはフィオナに説明する。
遠征実習とは……より実践的な訓練を行うため、魔物の生息領域まで遠征してサバイバル活動を行うという行事である。
参加対象となるのは主に二年生、三年生だ。
「へぇ〜……そんなのがあるんだ〜」
「……入学のときに年間行事予定の説明されてたと思うけど」
「だって一年生は関係ないんでしょ?」
「何を仰ってるのですか、フィオナさん。私とあなたは参加することになってますのよ?」
「……は?」
「おお!そうか……一年生の優秀者推薦枠は君たちなのか!いや、やはり私とフィオナは運命の糸で結ばれてるのだな!」
「何それ!?聞いてないよ!!」
「……魔法実技の授業でフェルマン先生が言ってたじゃない。行事の事知らないなんて言うくらいだから、聞いてなかったんだろうけど」
「うぐ……。で、でも!!何で私なの!?」
フィオナは自分の真の実力はまだ知られていないと思ってる。
実際、レフィーナとの対戦で少しは見直されてはいるが、生徒たちの間では未だに劣等生扱いだ。
フェルマンが彼女を選んだときも、一部を除く誰もが疑問を感じていた。
「まあ、フェルマン先生は流石だと言うことですわ」
「フェルマン=グレイスリー、か……私のフィオナの実力を見抜くとは、『魔人』の二つ名は伊達ではないな」
(なにそれ、格好いいじゃない。あと、『私の』じゃねえ)
「とにかく、一年生から私とフィオナさんが遠征実習に参加することになってますのよ。よろしくお願いしますわね」
「……よろしくお願いします」
渋々と言った感じでフィオナは応える。
彼女にとっては甚だ不本意であるが、今更断ることができないであろうことは流石に理解している。
仕方ないので、これまでと同じように極力目立たないように立ち回ろう、などとは思うが……これまでがこれまでなので、きっと彼女の思惑通りにはならないだろう。
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