第10話



 一進一退の激しい攻防が続く。


 巨大な竜と小さな少女の戦いは、信じ難いことに少女が押しているように見える。

 掠めるだけでも致命的な暴君竜の攻撃は尽く回避し、フィオナの攻撃は僅かながらもダメージを与え続けている。

 時に物理で、時に魔法で。


 しかしその実、彼女はそれほど余裕があるわけでもなかった。



(しまったな〜……ちょっと調子に乗って暴れすぎちゃったかも。身体スペックは確かに前世よりも今の私の方が上だと思うんだけど……体力だけは別だったね)



 要するに、先の魔物の大群との戦いで消耗したのがここに来てジワジワと影響してきている。

 もとより竜と持久戦など不利でしか無いのだ。


 目に見えて分かる程ではないが少しずつ動きにキレがなくなってきている。

 もっとも……暴君竜の方が確実にダメージを蓄積してるので戦況に大きな変化は見られない。




轟雷トルス!!」



 バリバリバリッッ!!

 ズガーーーンッッ!!!



 雷鳴を轟かせて稲妻が竜を撃つ!



 強固な魔法防御を誇る竜種にも有効な数少ない上級攻撃魔法だ。

 しかしそれでも与えられるダメージはごく僅か。

 フィオナはこの魔法をもう何度も暴君竜に叩き込んでいるが、果たして後どれくらい撃てば倒せるのか見当もつかない。


(ふぅ、中々しんどい。まぁ、弱音を吐いてなんかいられないんだけど。それより……相当焦れてるだろうから、もうそろそろだと思うんだけど……)


 フィオナは待っていた。

 根気強くその時が来るのを。


 このまま普通に戦っても、体力の差で何れは均衡を破られる。

 逆に言えば、暴君竜からすればこのまま戦い続ければ勝利は約束されているようなものだ。


 だが、理性を失っている状態ではそんな判断は出来ないはず。

 であれば、膠着状態に焦れた暴君竜は状況を打開する手を打ってくる……それこそがフィオナの狙いだ。



 尚も攻防は続く。



 やがて、フィオナの動きにも目に見えて疲れが現れ始めた。


 そして……!






『グオォーーーッッッ!!!!!』


「!!?」


 爆音の様な暴君竜の咆哮に、ほんの一瞬だけフィオナの集中が途切れた。


 それを逃さず鋭い爪の斬撃がフィオナを襲う!!



 ザシュッ!!!



「くっ!!?」



 何とか直撃は回避したものの、右肩を斬り裂かれて鮮血が舞う!




「フィオナっ!?」


「フィオナさんっ!!!」


 固唾を呑んで戦いを見守っていたウィルソンやレフィーナたちの悲鳴が上がる。



「痛つつ……大丈夫、掠り傷だ」


 心配させまいとそんな強がりを言うが、傷口は思いの外深く、ダラダラと赤い血が腕を伝って滴り落ちる。

 その状態では右腕はまともに動かせないだろう。



(まいったね。治癒魔法かけてる余裕もないし……死ぬつもりなんてさらさら無いんだけど、流石に状況が悪い…………いや!きたっ!!)


 不利な状況に流石のフィオナも焦りを見せたが、彼女が待ちに待った時がやって来た。



 暴君竜は、四肢を地面に踏ん張って、顎を開いて大きく息を吸い込む。

 フィオナを負傷させたのを好機と見たのか、ブレスの準備を始めたのだ。


 それこそが、フィオナが一気に決着を付けるチャンスと考えていたもの。



 そして、タメが終わった暴君竜はブレスを放つべく大きく顎を開いて……


「それを待っていたんだっっ!!!」


 その瞬間、フィオナはそこに向かって一気に飛び出す!!



「喰らえっ!!竜破魔砲ドラグルーン!!!」


 臨界状態のブレスの光で輝く竜の顎の中にまで拳を突き出して、フィオナは魔法を放つ!!


 黒い光がブレスの光を貫いて弾け飛んだ!!!



 ドドォーーーーーンッッッ!!!!



 竜の口中で大爆発が巻き起こり、その衝撃でフィオナは地面まで吹き飛ばされる。

 しかし、地面に叩きつけられる直前に身体を捻って、転がるように受け身を取った。


 その様子にウィルソンたちは胸を撫で下ろした。





 そして、一方の暴君竜は……


 口からプスプスと煙を上げ、凍りついたように動かなくなった。

 そして、ゆっくりと身体を傾けて……


 ズズン……!


 と、地響きを立てながら、遂に大地に倒れ伏すのであった。
























 竜殺しを成し遂げたフィオナは、流石に精根尽き果てたのか地面に大の字になって肩で息をしていた。



「フィオナ!!」


「やりましたわ!!」


「……まさか本当に倒しちまうとはな」


 光の結界が解けて、皆がフィオナを祝福しようと彼女の下へと駆けつけようとする。




 だがその時……!!




『グオォーーーンンッッッ!!!』


「「「!!??」」」


 既に事切れたと思われていた暴君竜が、再び起き上がってフィオナを踏み潰そうと腕を振り下ろそうとする!!



「フィオナっ!!危ない!!」


「ウィルっ!!?」


 もうすぐ近くまで来ていたウィルソン王子が、フィオナに覆いかぶさって彼女を庇おうとする!


「王子っ!?ダメですっ!!!」




 その場の誰もが二人が殺される光景を刹那の間に脳裏に浮かべる。

 だが次の瞬間、眩い光で視界が真っ白に染め上げられた。












 ………

 ……

 …



 フィオナとウィルソンに死は訪れなかった。


 だが、何が起きたのか……直ぐに判断できた者はいない。


 暴君竜を見れば、再び地面に倒れている。

 よく見れば、その頭部には焼け焦げたような跡が確認できた。




 ふと、地面に大きな影が差す。


 そして重く低い声が上空より響き渡る。


『間に合ったか』


 その声に上を振り仰げば、そこには暴君竜とほぼ変わらぬ姿の竜が……



「なっ!?」


「またドラゴン!!?」


「もう、無理だ……」


 二度目の竜との遭遇と言う信じ難い光景に、驚きと絶望の声が上がった。


 竜は静かに地面に降り立った。




「……大丈夫、そいつは古龍ですよ。喋ってるでしょう?身内の始末を付けに来たんだ」


「ああ……なるほど」


「もしかして今回の魔物の異常な大群は……暴君竜が暴れ回ったせいで追い立てられたやつ等が集まってきたのか……?」


「そうかもしれませんね。……ったく、始末を付けるんだったら、もっと早く来やがれ」


「フィオナさん、言葉遣いが乱れてましてよ」


 死力を尽くして戦ったフィオナとしては、そう愚痴を言いたくもなるだろう。


 それが聞こえたのか、古龍は謝罪の言葉を口にする。


『人間たちよ、同胞が迷惑をかけてすまなかった。それと、我に代わって始末を付けてくれて感謝する』


「止めを刺したのはアンタでしょ」


『いや……殆ど瀕死であったからな。彼奴きゃつは同族の中でも力ある者だったが故に、まともに戦えば相当に難儀しただろう』


「そう。まぁ、被害が出る前に何とかできてよかったよ」


『うむ。そなたには何か礼をせねばな……』


「いいよ別に。興味ない」


 それはフィオナの本心だ。


 古龍の宝と言えば……金銀財宝、伝説の武具、貴重な秘薬……等など、何れにしても途轍もない価値ある品が期待できそうなのだが、フィオナは心底興味の無い様子。


(ただでさえ本気の全力を見せてしまってこれからどうしようかと思っているのに……これ以上はもう勘弁して!)


 だが、フィオナのその願いは直ぐに打ち砕かれることになる。



『ほぅ、人間にしては随分無欲だな……………ん?』


「どったの?」



『そなた……アレシウスか?』


「人違いです」


 内心、どきぃっ!としながらも平然を装って、間髪入れずに否定する。


 だが古龍は空気を読まない。


『いや、そんなはずはなかろう。その魂の色、魔力の波動……我が知る限りアレシウス=ミュラー以外にありえぬ。お主、転生しておったのか』


「ちょっ!?な、なにを言って……」


 古龍の目は誤魔化せない。

 そしてやはり空気は読まない。

 フィオナが一番隠したいことを全く悪気もなく暴露する。



「アレシウスって………」


「転生?……大魔導士アレシウス=ミュラーの?」


「なんと……我が妻は大魔導士の生まれ変わりだったのか……!」


「妻じゃねえ!……じゃなくて、そんな、転生なんてあるわけ無いじゃないですか。オホホ……」


「でも、あれ程の力……アレシウス様の生まれ変わりと言われれば、凄く納得がいきますわ」


 レフィーナの言葉に皆が同調してウンウンと頷く。


 もはやフィオナがどう取り繕おうとも、彼らの中では確定してしまった。


「まぁ、フィオナが秘密にしておきたいと言うなら、我らの心の内に秘めておこうではないか」


「ウィル兄様…そうですわね、私達の命の恩人の願いですもの」


「我々だけでなく王国の英雄と言っても過言ではないだろう。私としては大々的に喧伝して、その功績には十分に報いたいところなのだが……」


「絶対にやめてくださいっ!!」


「……まぁ、仕方あるまいか。レフィーナ嬢の言う通りだからな。今回実習に参加した者たちには箝口令を敷こう」


「……ありがとうございます」




 そのやり取りを聞いていた古龍は、ようやくフィオナの事情を察する。


『……何だ、秘密にしておったのか?』


「そうだよっ!ったく、もう……って言うか、前の私を知ってるってことは……誰なの?」


『ん?分からぬのか?以前も一緒に暴君竜を倒しただろう?』


「分からないよ。古龍の知り合いなんか…………以前も?…………あ!?もしかして!!お前、キューちゃんか!?」


「まぁ、可愛いお名前ですわね……」


「まだ幼竜で、キューキュー鳴くからキューちゃん。私がタマゴから育てたんだよ。見た目も小さくて可愛かったんだけど……随分とでっかくなったんだねぇ……」


『……キューちゃんはやめてもらおう。今はキュリオスと言う』


「ぐすっ……私が付けた名前を恥ずかしがるなんて……お母さん悲しい」


「アレシウス様って女性でしたの?」


「ううん、男だったよ。じゃあ、お父さん悲しい……」


『分かった分かった、好きに呼んでくれ……』



 さしもの古龍も、育ての親には敵わないのであった。


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