墓参り
視線の先に板張りの天井があった。
幼かった頃、その木目の中に人の顔のような模様を見つけては震え上がっていたことを思い出す。
その顔たちを少しの間だけ探してみる。
困ったような表情のそれをひとつだけ見つけることができた。
外はもうすっかりと明るくなっていた。
柱に掛けられている振り子時計で時間を確認すると、まだ七時を少し回ったところだった。
セミたちは俺よりもだいぶ早起きなようで、すでそこらじゅうでジャージャーミンミンと蝉しぐれを形成している。
昨夜見た天気予報によれば、今日も三十度を超える真夏日になるらしい。
洗面所で身支度を済ませてから居間に向かうと、隣の台所で祖母が忙しく動き回っていた。
「夏休みなのに夏生は早起きだねえ」
俺よりも余程早く起きていたであろう祖母にそう言われ、若干複雑な思いはあったが、余計な事は言わずに「おはよう」とだけ返す。
朝食の支度はすでに整えられていた。
俺が座卓の前に腰を下ろすと同時に、茶碗やお椀が運ばれてくる。
献立は白米と卵焼きと味付け海苔、それに昨夜と同じ赤味噌の味噌汁だったが、今日の具は椎茸ではなく豆腐だった。
うちの母の料理はどちらかというと濃いめの味付けなのだが、祖母のそれは甘みも塩味も若干抑えられ気味で、俺はどちらかといえばこちらのほうが好きかもしれない。
朝食を終え、居間でテレビを見ていた時だった。
洗い物を終えて戻ってきた祖母が、エプロンで手を拭きながら口を開く。
「夏生は今日はどうするだね」
適当な頃合をみて散歩にでも出掛けるつもりではいたのだが、取り立てての用事という意味では本日の予定は皆無であった。
「特に何も考えてないけど」
そう言った直後、ここに来ることが決まった時から行くつもりだった場所があったことを思い出す。
「あ、おじいちゃんのお墓参りに行ってこようかな」
「そうかい。実はばあちゃんもそう思って聞いただよ」
線香の入った袋と供花を両手に持つと、昨日行った海とは反対方向にある山側に向かう。
祖母の家の裏手は杉林の斜面になっており、その脇の小道をわずかに下るとすぐに二車線の県道が東西に走っている。
道路を渡り、目の前に現れた竹林を左手に見ながら歩くこと五分。
記憶にあったよりも遥かに趣のある寺院に到着する。
玉砂利が敷き詰められた参道の奥に建つ本堂は、寺というよりは時代劇に出てくる
本堂のすぐ脇の墓地も寺の規模に見合った大きなもので、うちの先祖の墓は入ってすぐの一等地にあった。
「じいちゃん、夏生が来てくれたよ」
祖母はそう言って『
俺は子供の頃からそうしていたように、墓地の入口で借りた桶と柄杓を使い、墓石の天辺から水をたっぷりと掛ける。
墓石の表面を流れ赤土の地面まで達した水は、すぐに音もなく吸われると土の色を濃い赤黒に変色させた。
以前であれば互いに面識のない先祖に対して行っていた墓参りが、今はその対象に祖父が含まれていることが少しだけ不思議だった。
墓参りが終わり家に戻ってくるやいなや、祖母は昨日の続きで庭仕事をすると言った。
何か手伝えることがあればと申し出ると、藤棚の下の草刈りをお願いされたので快諾する。
そこには背の低い草が幾らか生えているだけで、大して労することもなくものの十分やっつけてしまう。
せめて昼くらいまではと雑草を求めて敷地内を徘徊したのだが、どこもかしこも手入れが行き届いていたそこには、俺が求めた仕事など存在しなかった。
仕方なく家の中に戻り、学生の本分たる宿題をして昼までの時間を潰す。
柱の振り子時計が正午を告げた。
祖母に呼ばれて居間に向かうと、座卓の上にひやむぎが山盛りで置かれているのが目に入った。
ここの家のそれはうちでよく食べるものとは異なり、白い麺の中に極少量の色のついたものが紛れている。
子供の頃は希少価値の高いそれがちょっとした財宝のように思え、自分の鉢の中にこっそり集めては最後にまとめて食べていたことを思い出す。
今になってみるとピンクやグリーンといった、お世辞にも食欲の湧く色とはいえないそれを、なぜあんなにも有難がっていたのだろうか?
だがしかし、子供という生き物は総じてそういうものなのだ。
試しにいちごミルクのような色合いのそれを、麺つゆの鉢を経由させずにチュルリと食べてみる。
どこにでもある普通のひやむぎの味しかしなかった。
まあ、試す前からわかっていたことだが。
昼ごはんを終えると祖母は少し横になると言った。
やはり体調が悪いのではと心配したが、夏の昼の暑い時間は身体を休めるのが昔からの日課だと教えてもらった。
なるほどそれは理にかなっているなと、別にそう思ったわけではなかったのだが、宿題の続きをやる気も起きなかったし、散歩に行くにしてももう少し日が傾いてからのほうがいいだろう。
俺も祖母に倣うと、畳の部屋で座布団を二つに折ったものを枕にし横になる。
南北に開け放たれた掃き出し窓から入ってくる心地の良い風と程よい満腹感とが、俺をあっという間に眠りの世界へと誘ってくれた。
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